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乗法の意味,情報の価値

(解説のつかない)学習指導要領から

この文書で,かけ算(乗算,乗法)の指導が現れる箇所を列挙します.(略)また,箱囲み部分は,小学校学習指導要領(「解説」のつかない文書)からの引用ですので無視します.

学習指導要領で,かけ算をどのように意味づけているか

(解説のつかない)指導要領を読み直し,第2学年限定で*1,関連するものを抽出してみました.「目標」などの小見出しは省いています.

  • 1(1) 具体物を用いた活動などを通して,数についての感覚を豊かにする。数の意味や表し方についての理解を深めるとともに,加法及び減法についての理解を深め,用いることができるようにする。また,乗法の意味を理解し,その計算の仕方を考え,用いることができるようにする。
  • 2A(1)エ 一つの数をほかの数の積としてみるなど,ほかの数と関係付けてみること。
  • 2A(3) 乗法の意味について理解し,それを用いることができるようにする。
    • ア 乗法が用いられる場合について知り,それを式で表したり,その式をよんだりすること。
    • イ 乗法に関して成り立つ簡単な性質を調べ,それを乗法九九を構成したり計算の確かめをしたりすることに生かすこと。
    • ウ 乗法九九について知り,1位数と1位数との乗法の計算が確実にできること。
  • 3(4) 内容の「A数と計算」の(3)のイについては,乗数が1ずつ増えるときの積の増え方や交換法則を取り扱うものとする。

このように取り出してみると,2A(3)イは,「乗法に関して成り立つ簡単な性質を調べ,それを“式で表したり,その式をよんだりすること”に生かすこと」ではないことに気づきます.3(4)と結びつけて言うと,a(b+1)=ab+aやab=baは,九九の学習のほか,(かけ算による)計算において使うものであり,計算より前の作業,すなわち立式の際に活用するというわけではないのです.
学習指導要領データベースインデックスをたどると,2A(3)イと同等の記述は平成元年度以降に見られます.その一つ前,昭和52年度のものは,『2A(3)イ 乗法に関して成り立つ性質(乗法が1ずつ増すときの積の増し方,交換の法則など)を知り,それを用いること。』となっていて,それらの性質の用途が計算のみなのか,立式を含めたものなのか明確でありません.
現在に戻ります.こういう言い方も,できるかもしれません.“式で表したり,その式をよんだりすること”と,おはじきなどの配置またはアレイ図から,交換法則を得ることができます.しかしその逆方向というのは,意図されていません.
逆方向への適用がない理由は推測するしかありませんが,「立式」と「計算」は異なる操作であることが大きそうです.

昭和50年代前半に論じられた,乗法の意味

整数の計算 (リーディングス 新しい算数研究)

整数の計算 (リーディングス 新しい算数研究)

どんな本かというと,まえがきから引用するほうがいいでしょう.

このたび,本会の機関誌「新しい算数研究」の記事の中からすぐれたものを選択して整理し,「リーディングス・シリーズ」として刊行することになった.
(p.1)

さて,この本の第3章が「乗法の意味」となっており,1978年4月号に掲載されたのが4つ,1980年7月号から1つ,合計5つの論説が載っています.
遠山啓氏がトランプ配りを乗算の立式に適用したのを書いた記事は,『科学朝日』1972年5月号です.遠山啓エッセンス,2度読みで書いたことと合わせて,トランプ配りの乗算の立式への適用というのが,数学教育においてスルーされている,と言わざるを得ません.私自身もこの場で,その妥当性を議論しようという意図はなく,あれについては「伝わらない」「混乱のもと」「実際の子どもはそんな解き方をしない*2」で片付けたいところです.
論説は興味深い内容でした.1人目の文章には,累加も,アレイ図なども用いずに,乗算の意味を与えるとともに,(原理的にはすべての)整数どうしの積を求める方法が書かれていました*3

乗法の意味を考えるのに次に必要なのは乗法を用いる場の考察である.例えば鉛筆2本ずつ束になっている場合を考えよう.このとき,2+2+2+2+……でも結果は出るだろうが,これでは非能率極まりない.1年生でもまとめて2,4,6,……と数えるだろう.乗法的数え方*4を覚えれば,束の数を数えた*5だけで,九九表を見れば,全体の数は分かる.これが乗法である.
すなわち乗法とは,乗法的数え方を用いて,(一束の大きさ)と(束の数)から(全体の大きさ)を求めることである.この場面の解決は累加でもできるだろうが,不便な累加をやめて能率的な乗法という演算が別に誕生したのである.
(村岡武彦, かけ算の意味と方法(1〜4学年), p.111)

2番目(手島勝朗, かけ算の意味と方法の具体的展開 -整数のかけ算-)では,「a 累加による意味づけ」「b (1つ分の大きさ)×(幾つ分)」「c (1当たり量)×(いくら分)」という3つの立場を紹介しています.cの説明の中で,「数教協」「量×量といった理論」という言葉も書かれています.
そして次に,どんな考え方に立つかです.もちろんaで突っ走るわけにはいきませんので,bかcかなのですが,以下のように検討し,結論を下しています.

このような場合に何に留意していかなければならないかといえば,子どもの理論に即した問題設定があり得るかどうかということである.この観点でbとcの立場の指導の方向性を考えると,cの立場に,かなり無理があるような気がしてならない.第一に「1当たり量」の必要性が果たして理解され得るものかどうか.“うさぎ1匹あたり耳2本”“象1頭あたり足4本”といっても,あまりにもあたりまえすぎて,なぜこのような表現をとらなければならないのかその目的意識が子どもに理解できにくい.第2に,cの立場では,かけ算と累加を切り離すために,答えの求め方はどんな方法でもよいとして,例えば,8×5の答えなどをタイルを用いて右図(引用者注:図は省略)のような方法で見つけさせようとしている.果たして,8×5の答えをこのような方法で見つけていくのが自然であるのかどうか.
さらには,2×0を「うさぎが一匹もいません.うさぎの耳は何本ですか」といった問題場面での中でとらえさせようとしているが,問題場面そのものが無意味であり問題化されにくい.
ともあれ,かけ算をたし算と,区別して理解させなければならないとか,×整数,×小数,×分数の意味を同じ考えで理解されなければならないといった場合には,それぞれの段階で子どもの持ち合わせている経験といったものが何であるかをよく見きわめ,それに即した問題設定でなければならないと思う.
そのように考えると,整数のかけ算の導入は,やはり累加の考えも含めながら,(1つ分の大きさ)×(幾つ分)として展開する方が妥当かと考える.
(p.114)

科研費でかけ算の順序

あれこれ探していると,科研費を獲得して,かけ算の順序に関係する調査をしているのを知りました.

2007〜2008年度と,新しいです.成果報告書(PDF)も,読むことができました*6.かけ算の順序に関する成果は,次の段落にまとまっています.

第2は,被乗数と乗数に対する理解の程度に関することである.小学2年生では,文章題bにおいて被乗数と乗数が逆になった解答が多く見られた.この結果から,被乗数と乗数の区別に関する理解は,交換法則を学習していない時点であるにもかかわらず,小学2年の段階でも不十分である可能性が示唆される.一方,大学生についても,文章題bにおいて被乗数と乗数が逆になった解答が多くみられ,その比率は,小学2年生よりも高かった.これより,大学生は被乗数と乗数のちがいをほとんど意識しなくなっているか,または,乗法情報の計算式が「被乗数×乗数」で表されることを理解していないと推測される.

雑誌論文の中の2番目,

  • 金田茂裕 2009 小学2年生の乗法情報場面に関する理解 東洋大学文学部紀要 62, 39-47.

で詳しく述べられていて,大学図書館で目を通しました*7が,成果を簡潔に紹介するとなると,上に引用した段落で十分かなと思います.
細かいところはいくつかあって,まず交換法則については,この調査が実施された時点でも(学習指導要領に基づくと)第2学年に入っています.今の大学生がダメだとか,矯正しようだとかいった意図ではなく,純粋に「調査」を目的として解かせています.それと,面積や体積で乗算が使用されることへの言及がありません.
「かけ算の順序」と書くから可換性に目が行くのであって,かわりに「乗法の被乗数と乗数に対する理解」と書くことにすれば,「かけ算で表せるのはどんなときか?(今解こうとしている問題は,かけ算を使って解けるか?)」「かけ算の式を立てるのに必要な数量は,何と何か?」「そして,どのように表記すれば,立式の意図が伝わるか」と,分けて考える/指導するのに役立ちそうですし,ネットの議論を離れ,学校現場の現状を知ったり,数学教育専門家らの論文を読んだりする際に,有用となりそうです.

*1:新しい学びを拓く算数科授業の理論と実践 (MINERVA21世紀教科教育講座)』だと,pp.232-233の見開きで,第2学年の全体を見ることができます.あと,第3学年以上についても目は通していますが,興味深い情報がなかったため本エントリでは取り扱わないだけで,何か隠しているのかと疑惑を抱いた人は,ご自身で調べて整理してみてくださいね.

*2:論理でいう「存在しない」ではなく,negligibleの意味です.《BA型》でバツになるのは,かけ算の意味を考えずに書いている子がoverwhelmingです.船が5艘あります.1艘に4人乗りますもどうぞ.

*3:とはいえ,これが現在の算数指導の主流とは思えませんが.

*4:引用者注:まとめて数えること.

*5:引用者注:かけ算の式で表す際には,束を1,2,3,……と数えて乗数を知り,総数を求める際には,束を2,4,6,……と数えていく,というやり方でもよさそう.

*6:はじめのほうに書いていますが,作問をするのは,先生ではなく児童です.

*7:その中に書かれている基準Aは《かけ算に順序はない》に対応し,基準Bは,《かけ算に順序はない》を前提としない価値観に対応します.