わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

末の子が小学校を卒業しても,私はかけ算のことを考えているのだろうか

0. おことわり

当雑記では,書籍『かけ算には順序があるのか』を批判する記述を多く入れています.
可能な限りそれぞれに根拠を書くよう努めていますが,いくつかの関連する書籍を読んだ上での判断というのが,背景にあります(書籍から学んだ,かけ算の順序をご覧ください).
加えて,この本の著者と思われる方が,かつて,当雑記のエントリにコメントを書かれたこと,またその内容も,一因となっています.
これらをご了承の上で,当雑記の「5×3」カテゴリーをお楽しみいただけると幸いです.

1. まえがきを読み直す

いま,小学校では,「6人に4個ずつミカンを配ると,ミカンは何個必要ですか」という問題に,6×4=24という式を書くと,答えはマルで,式はバツにされます.
はじめて聞く大人はびっくりします.
でも,いま小学校では,かけ算は,(1つ分の数)×(いくつ分の数)の順序で書く,と教えられているのです.しかし,バツはおかしい,というのが社会の常識でしょう.この常識が学校では通用しなくなっているらしい.
(『かけ算には順序があるのか (岩波科学ライブラリー)』, p.iii)

はじめて聞く,常識ある大人は,「バツはおかしい」ではなく「なぜバツにされるんだろう」と反応します.

証券会社の社員が,1株61万円で売る株を,1円で61万株を売るという誤発注を出し,株式市場が混乱するという事件がありました.(略)証券会社の事件も関係があるかもしれない,と思えてきます.
(同)

証券会社のエピソードは,かけ算はもちろん,学校教育とも関係のない話です.negligibleの意味で.具体的には,誤発注を起こした要因をブレストしてでも可能な限り並べ,そういった要因の間で,かけ算の順序や学校教育というのがどこに位置付けられ,どれくらいの関連性になるかを,考えてみればいいのですが.
あえて接点を探ると,「1株61万円でも,1円で61万株でも,どっちも61万円だ」でしょうか.それにしても,この命題から,誤発注をさせない方策は,あるのでしょうか.そういうのを考えることなく,取り上げるのなら,無責任と言わざるを得ません.
それでまえがき全体を読み直して気になったのは,これをいつ書いたのだろうという点です.まえがきは,本を書き上げて全体を見渡し,最後に記すことが多いとされています*1.もし本書のまえがきもそうであるならば,上の2つの事例が,この本の執筆方針を象徴しているようにも見えます.前者から読み取れるのは,複数の解釈があり得るのにそのうち一つしか示さない*2という事例,後者から読み取れるのは,世の中の事例と教育とを結びつけて批判したがる人の存在,です.
そういう面で見ると,この本がこのタイミングで出た価値というのがあるようにも思えます.

2. 中学校学習指導要領解説

以下では,「中学校学習指導要領解説 数学編」を参照している箇所があります.

学習指導要領を読むには,新学習指導要領・生きる力:文部科学省を起点とします.「小学校:平成23年4月〜」とあります.そこから,

  1. 新学習指導要領(本文、解説、資料等)
  2. 小学校学習指導要領(ポイント、本文、解説等)
  3. 小学校学習指導要領解説
  4. 算数(2)第3章〜第4章 (PDF:502KB)

の順にリンクを選ぶと,これまで参照してきたPDFファイルに行き着きます.

学習指導要領で,かけ算をどのように意味づけているか

上記と同様に,学習指導要領「生きる力」:文部科学省を起点として,

  1. 新学習指導要領(本文、解説、資料等)
  2. 中学校学習指導要領(ポイント、本文、解説等)
  3. 中学校学習指導要領解説
  4. 数学2.第2章第3節〜第3章 (PDF:1,917KB)

の順にリンクを選ぶと,中学校学習指導要領解説 数学編の,各学年の解説のPDFファイルに行き着きます*3
一本化されたPDFファイルは,以下のURLより取得可能です(文科省のものより先にGoogleで知りました).

今後,上記の「小学校学習指導要領解説 算数編」は《算数解説》,「中学校学習指導要領解説 数学編」は《数学解説》と表記することにします.

3. (分離量or離散量)or連続量

  • p.5: 『分離量』:wikipedia:量を見ると,「…離散量または分離量と呼ばれる」とあります.私自身も大学生のとき,「連続量」に対するものとして「離散量」と教わりました.
俺数教協

《算数解説》のPDFファイルで,検索をかけた限りでは,「分離量」も「離散量」も,出てきませんでした.「連続量」も,ありません.「連続」に絞ると,「連続性」という言葉ばかり出てきます.「離」で見つかる何か所かも,関連はありません.
算数・数学科重要用語300の基礎知識』では,p.212に解説がありますが,ページ末尾の出典に行き着くまでもなく,数学教育協議会の受け売りです.
Webで探すと,啓林館の解説ページが見つかりました.

もう少し…やっぱり関心が持たれているのですね.

それで,別件で目を通していて,次の記述に出会いました.

また,小学校算数科では比例,反比例を考察するときの変域は,負でない数であったが,中学校数学科では,これを負の数を含む有理数まで拡張する。
(《数学解説》p.56)

有理数は,連続なのか離散なのか…忘れました.Wikipediaに頼ります.

離散量または分離量と似た言葉で可算量という言葉も、まれに同義語として使われる例もあるが、完全な同義語とは言えないので誤用と言ってもよいだろう。可算集合とは自然数と1対1に対応する集合のことであり、有理数可算集合ではあるが稠密集合なので、有理数で表した量が離散量とは言えない。有理数のみに対応する量の例はほとんどないが、多くの場合に量は有限桁数の小数すなわち有理数の一部で表されている。しかしこれは通常は、実数値である真の値の近似値と見なされる。
(wikipedia:量)

wikipedia:稠密も,読みました.分母をいくらでも大きな整数にできるので,有理数で表現できる量では『分割できない最小量が存在する量』(wikipedia:量)がなく,したがって連続量になる,と.
その一方で,小数や分数で値を表現しても,最小量,いわゆる最小単位があれば,離散量になり得ます.情報の分野で,連続と離散をつなぐのが標本化定理で,これも,ずいぶんと忘れましたのでwikipedia:標本化定理を見直すと,『原信号に含まれる最大周波数成分を f とすると(略)原信号を完全に復元することができる』でしたね.

4. かけ算とプログラミング

「指導書」は「式」と「計算」を区別して,交換法則は数の「計算」についての法則であり,「式」については順序に意味があるから,交換法則を不用意に教えるな,といっているわけです.このような「指導書」に忠実に従う先生は,かけ算の導入期を過ぎた小学生にも,式を書くときは,「1つ分の数×いくつ分」の順序を守らせようとします.その順序が,算数としても数学としても,「正しい順序」だと考えているとしたら誤解でしょう.
(『かけ算には順序があるのか』, p.28)

上の引用にだけ所感を言うと,「1つ分の数×いくつ分」は,高学年や中学生*5,また大人になっても,書いたり読んだりチェックしたりするのに有用な書式です.しかし「×」の使い方は,これがすべてではありません.基本ではあるが,すべてではない,というだけのことです.朝起きたら,顔を洗って歯を磨くようなものです.水がない場所で朝を迎えたら,洗顔も歯磨きもできない(または,郷に入っては郷に従えで行動する)わけです*6
自分の専門に基づき---研究だけでなく日常の教育活動も含めて---大事にしたいのは,問題を解くのに利用可能な方法を思い浮かべて選択し,適用することだと思っています.
「利用可能な方法」---ここで「定義」「公式」「定理」「ルール」「メソッド」「パターン」「書式」などを「方法」の類義語として---は,多数あります.その中でどれが利用可能かというのは,解答者・解決者の持つ知識や,ときには明示ときには非明示の,問題・課題の前提条件によります.
そして,「利用可能な方法」の間で衝突することがあります.それらの間には,(たいてい,暗黙の)優先順位があります.
これは,プログラミングにおけるローカル変数の有効範囲に似ています.プログラムの中で書かれている変数名について,複数の有効範囲で別々に,同じ名前の変数が宣言されているとき,最も内側で宣言された変数を参照していると考えます.授業では,「ブロック内に変数を定義するときは,それより外にある同一の識別子と重複してもよい.ただし,外にある同一の識別子は参照できない」と書いています.ただし,同一変数名のスコープが重なるようなサンプルプログラムは,教育効果を考え,取り上げていません.
“「1つ分の大きさ×いくつ分」によって全体の大きさを求める”というルール(以下,“1つ分の大きさ×いくつ分”と略します)と衝突しそうなものを含む,小中学校の問題を2種類,挙げてみます*7

  • 例1
    • 問1-1: 「1さらに りんごが 3こずつ のって います。そのような さらが 5まい あります。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」の答えを出すと,1つ分の大きさを3,いくつ分を5として,かけ算で表せますので,3×5=15とでき,答えは15こです.
    • 問1-2: 「さらが 5まい あります。1さらに りんごが 3こずつ のって います。りんごは ぜんぶで 何こ あるでしょう。」(去年11月,発端の問題)だと,上と同様の考え方で,3×5=15,そして15こです.
    • 問1-3: 「各皿に林檎がa個ずつ乗っており,そのような皿がb枚ある.林檎は全部で何個か」になったら,問1-1と同じように,1つ分の大きさといくつ分をそれぞれaとbに割り当てて,a×b=abですから,ab個です.
    • 問1-4: 「皿がa枚あり,それぞれにb個の林檎が乗っている.林檎は全部で何個か」だと,問1-2と同じように,1つ分の大きさといくつ分をそれぞれbとaに割り当てることになりますので,b×a=abとした上で,ab個という答えになります.

問1-4で,“1つ分の大きさ×いくつ分”と,文字式を簡潔に表すルール(「×」を使用せず,積はアルファベット順にする)が衝突しているように見えますが,これは衝突ではなく,乗法の式として表すまでは前者,そしてその後は後者のルールを,順に適用しています.
問1-4の解答プロセスにおいて,「a×b」ではなく「b×a」と書いたのは,立式の根拠を小学2年生の学習に求めたからです.「この問題は2つの数を掛け合わせればよい」は論点先取というものです.「(乗法の)交換法則を用いる」だけでは,そこから「a×b」も「b×a」も得られません.
問1-3のaとb,問1-4のaとbは,問題文にあるとおりそれぞれ変数の意味が違うので,この2つの解答例を根拠としてa×b=b×aとするわけには,いきません.むしろここまでの議論は,『(1つ分の大きさ)≡a,(いくつ分)≡bが認知できたあとで,(全体の大きさ)≡cを求めること であって,a×b=cまたはb×a=cと書く』(算数・数学教育つれづれ草, p.47)の別表現と言えます.
なお,中学での文字式の扱いは,《数学解説》pp.70-71に書かれています.しかしアルファベット順だとかいったことは,見当たりません.この点については,文字式でのアルファベット順とは? -中1数学の文字式の単元の「かけ算- 数学 | 教えて!gooのNo.4の回答が,参考になりました.

  • 例2
    • 問2-1: 「3時間,つねに時速3.4kmで歩いたら,何km歩くか」の答えを出すと,速さが4,時間が3で,「速さ×時間=長さ」の公式*8に当てはめると,3.4×3=10.2となり,答えは10.2kmです.
    • 問2-2: 「どれだけ進むるか(長さ)は,時間が同じなら,速さに比例する.3時間,つねに同じ速さで歩く人の,速さと長さの関係を表にしなさい.時速x kmでy km歩いたとき,xとyの関係を式で表しなさい.時速3.4kmでは,何km歩くか求めなさい」とすると,表は省略しまして,表のどの列も,長さ÷速さは3であることを確認してから,y=3×xと表せ,そこのxを3.4に当てはめて計算すると,y=3×3.4=10.2で,(最後の)答えは10.2kmです.

問2-2で,“1つ分の大きさ×いくつ分”と,『比例の関係を表す式は,(ウ)の商をkとすると,y=k×xという形で表される』(《算数解説》p.207)が衝突しています*9.この問いでは,その誘導の仕方から,比例の関係式を用いて,表にない値について計算することが推測されます.最後の式を3.4×3=10.2と書いて,マルになるかバツになるかは,採点する先生次第です.

5. 乗法の意味の中で一番のお気に入りは

あらためて,乗法の意味について
(略)

書くことは信じること

挙げた中で,もっとも気に入っているのは,内海庄三氏の論説です.この乗法の定義は,記憶に間違いがなければ,学生時代,項書換え系を学び始めた後輩が,自然数(0を含む),加法,乗法を,項や書換え規則で表していたときに,見かけました.
形式的定義だけでなく,その定義がそっくりそのまま,学校教育のかけ算指導に適用できない点にも,納得です.
その一方で,Vergnaudの考え方というのは,分からないわけではないのですが,「そこから入るか」という思いを持たずにはいられません.先日,コメントで一つ文献を挙げてくださっていまして,目を通したのですが,そこでもVergnaudがはじめに紹介されたのち,本題とも言える部分にはあまり,その考え方が反映されていないように感じました.

6. 学校給食に対して,何ができるだろうか

はてブニュースで,知りました.この方のエントリは,よくはてブニュースで見かけます.
それで内容ですが,かけ算の順序をめぐる論争を,連想せずにはいられませんでした.文句を言う人は,学校教育の一部(論を立てるのに都合の良い部分)しか見ていないこと,学校教育に対する直接的な貢献は困難であるとしても,児童とその保護者にとって有用な提案が,見られないこと(どうすればいいかについて,まるで学校現場に押しつけるかのように),が共通しています.
はてブからたどると,ほどなく,「便り」が見つかりました.

そうすると,武田氏のエントリでは『校長の判断で行うことができます。』まで切り出していて,その直後の『ご家庭でお悩みの場合は学校にご相談下さい。』を落としていることが,分かります.
といったところで,さて…将来,娘が通う小学校で同じような状況になったら,どうしましょうか.漫然とした不安だけで学校に相談しても,納得いかないままに説得されてしまうかもしれません.
体系的な知識・情報*10を得た上で,

  • 学校給食は信頼できるものとして,我が子に伝え,食べさせる.
  • 学校給食は信頼できないことを,我が子にも,学校の担任の先生にもきちんと伝え,食べさせない.

から選択するのが,基本でしょう.一方的に伝えるだけでなく,断片的なand/or多種多量の文献・根拠を示すだけでなく,食や教育に直接関わっている,我が子の意見も聞き,必要に応じて軌道修正もしないといけません.
もし,給食のメニューや食材について,事前に知ることができれば*11,食べていいのとダメなのを選択するというのも,考えられます.
もちろん一部にせよ全部にせよ,「食べさせない」とする場合には,それによる担任の先生や校長先生,栄養士さん,学校給食センターで働かれる方々のお手間やご心労*12にも,配慮したいところです.学級内でいじめを受ける可能性だってあります.
クラスの親の間で話し合って,ともに行動できると,いいのですが.
補足:給食の話で,当エントリへお越しの方になり,何を書いているのだ? と思われた方は,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20101127/1290786319をご覧ください.さらに読みたいという方は,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20110427/1303851494, http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20110108/1294430391をどうぞ.

*1:本によっては,まえがきの終わりに,年月と「著者しるす」などを加えることもあります.その年月はたいてい,初版発行よりも少し前です.『かけ算には順序があるのか』のまえがきには,この記載はありませんでした.

*2:6×4=24という式も,これこれこんな解釈によって,マルになるのだ,というのは本文で書かれています.ここで指摘したいのは,「バツはおかしい,というのが社会の常識」というのもまた,一つの解釈だという点です.

*3:ついでに,新学習指導要領 実施スケジュール(概要)によると,中学校の数学も平成21年度より先行実施とのことです.

*4:コメントを含む内容もさることながら,冒頭の補注にびっくり.

*5:高校生が積極的に使うかどうかは不明.少なくとも樹形図を用いた積の計算で,これを持ち出すと不自由しそう.ただしあれの例で,「/ (per)」付きの単位を書く人はまずいないだろうから,小学校の算数と高校の数学を比べたら,ずいぶんと離れていると言えそう.

*6:極めて個人的な話ですが,中学生になったあたりから,結婚するまで,歯を磨く習慣はありませんでした.歯医者などに行く前に磨く,自分用の歯ブラシは,ありました.結婚後は,自分の歯ブラシは自分で買っています.

*7:もう一つ,衝突の例を余りのある等分除・再考に書いています.『5枚×2個/枚=2個/枚×5枚』なんてのも認めていて,私自身ぎょっとしましたが,そのあと,小学校限定と大人とに区別していて,単位付きの式の交換法則を前提とするのは大人だけなので,ちょっと安心しました.

*8:《算数解説》に,この式は書かれていません.『速さについては,(速さ)=(長さ)÷(時間)という式で表されることから,長さと時間から速さを求めることができる。また,速さと時間から長さを求めることもできるし,長さと速さから時間を求めることもできる』(p.199)とあります.この並び方,それと数直線での表現から,速さを「基準にする大きさ」すなわち被乗数とするのが自然な考え方と言えるでしょう.

*9:『第6学年では,数量を表す言葉や□,△などの代わりに,a,x などの文字を用いて式に表したり,文字に数を当てはめて調べたりすることを学習している』(《数学解説》p.44),『なお,文字を用いて比例の関係を式で表すことは今回から小学校算数科で学習することになった』(同p.56)

*10:翌日追記:scientia potentia estの『(略)一〇〇編ほどの論文を精読すると,残った論文の読解は非常に早くなる.この論文はどの系列に属する研究であるか,どの手法をとって何を明らかにしたか,過去の成果に何を新たに付け加えたかなどは,基本的な論文の成果を知っていればすぐに把握することができる』に相当する作業や知識です.100という数は重要ではなく,そのジャンルに関する新しい情報が入ってきたときに,これまで得た中のどこに位置付けられるかが分かるという状態が,「体系的」だと考えています.

*11:私が小学生のときは,メニューは月単位で事前に紙をもらっていました.食材については,産地を含めて明記されていませんでしたが.

*12:センター方式であっても,1人前が減るという単純な話ではなく,「放射能汚染が不安で給食をとら(せ)ない」という1例が出現するだけで,つくる現場の方にはショックが走ることが,じゅうぶんに想像できます.