わさっきhb

大学(教育研究)とか ,親馬鹿とか,和歌山とか,とか,とか.

Re: 擁護する主張に追加予定

5月に入ってから,知ったのですが,wikipedia:かけ算の順序問題が先月末に書き換えられています.閲覧履歴差分を見れば,誰がいつどのように変えたかを見ることもできます.
さらに,そのノートに擁護する主張に追加予定という項目ができました.今月4日に提案するも,その日のうちに意見が出ていて,おそらくWikipediaの記事への追加はなさそう…
そんな中,http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20110531/1306770957がリンクされました.エントリを読み直したものの,不本意なリンクでした.
以下,「追加予定」「単価×個数=価格」「文字式」「サンドイッチ」そして「関連情報」に分けて,思ったことを書いていきます.

追加予定

T's-Nekoさんによる2013年5月4日 (土) 06:06 (UTC)の書き込みについてですが,それらをもとにwikipedia:かけ算の順序問題に記載しても,内容は混乱する一方なように感じました.
指摘されているとおり,主要な主張に対する出典がありませんので,「独自研究」になってしまいそうです.

単価×個数=価格

「単価×個数=価格」について,個人的な思いを先に書いておくと,その書式は十分に普及していると思うものの,一般的な表現かというと疑問です.書くにはそれで統一するのでいいでしょうが,「個数×単価=価格」とあるのを目にしても,違和感はありませんし,仕事か何かで「個数×単価=価格」に統一*1されていれば,それに従うべきでしょう.私の場合は研究費の申請で,「(数量×単価)」に従いました(科研申請の乗算).
しかし,「単価×個数=価格」を教育面で補強する出典があります.一つは,学習指導要領解説です.平成20年告示の小学校学習指導要領解説 算数編にはp.58に「(単価)×(個数)=(代金)」,中学校学習指導要領解説 数学編にはp.71に「(値段)=(単価)×(個数)」が見られます.小中学校では,「単価×個数」で一貫していると言ってよさそうです.
それらの記載は,教科書に金額計算のかけ算の式を書く際,検定に通るためには,どちらでもいいとするわけにはいかない---「どちらでもいい」を抑制する---ようにも思っています.少々悪意をこめて言うと,「かけ算の順序」に文部科学省も加担している一例となっています.
あと一つ,英語論文があります.学校教育を受けた子どもはからのリンクで,全文のPDFファイルが取得可能な論文の中に,"35 x 10 was solved by the subject as (3 x 35) + (3 x 35) + (3 x 35) + 35" とあります.著者らの分析*2なのですが,35 x 10は単価×個数の形であるとともに,計算では,35が乗算記号の右に移っています.「単価×個数」と「いくつ分×1つ分の数」というかけ算の式表現が,乗法の交換法則ほかの計算規則とともに,併存している(混乱していない)ように見えます*3
「領収書の書式を写真で挙げればいいでしょうか」の件は,年末年始のレシート集めにて事例と主張を取りまとめています.その後はとくに,進展ありません.

文字式

文字式と被乗数・乗数・積についての個人的理解は,次のとおりです.

  • 「1冊x円のノートを8冊買います.いくらになりますか」に対して,小学校6年ではx×8で表します.ここでxはかけられる数,8はかける数です.
  • 「1冊8円の文具をx個買います.いくらになりますか」のときは,小学校6年では8×xとします.ここで8はかけられる数,xはかける数です.
  • 中学校では「1冊x円のノートを8冊買います」も「1冊8円の文具をx個買います」も,8xで表します.8はxの係数です.「8倍のx」と言う人もいます.
  • x×8や8×xという式では,単価が被乗数で,8冊またはx個を買う場合の金額が積になります.被乗数は,基準量であり,乗数は,積を求めるために使用されるもう一つの数量として使用されます.
  • 8xという式は,「xを8倍したもの」と解釈することができます.そこでは,xと8xとを比較することになります.x円やx個,8冊や8円といった数量の意味は,その比較では考慮されません.これは「式の形式的処理」と関連します.

小学校と中学校の違いよりも,何と何との(乗法的な)関係であるかに配慮をすれば、混乱は減らせるのではないかとも思っています.ただ,あいにく私は中学の数学教育に関する知識はほとんどありませんので,個人的な印象に過ぎません.
文字式にする際に,係数(かける数)を左に書くことへの違和感は,1970年代の本ですが『量と数の理論 (1978年)』でも指摘されています.「‘中学校式’に切り替えよう」を含む記述で,主要なところを数学者による「かけ算の順序」で引用していますので関心のある方はどうぞ.
数学教育学研究ハンドブック』に文字式のセクションが設けられており,参考文献も豊富です.今年の本だと,『数学科 中1ギャップ撃退トレーニングワーク 算数のつまずきを6時間で克服する本』pp.26-27を,小中接続の留意点として興味深く読みました.

サンドイッチ

サンドイッチは情報源の確認から.批判する人々の間では,- 「掛け算順序固定」問題対策本部 - アットウィキが人気のあるページです.当ブログでは,「サンドイッチはくだらない・2012年8月バージョン」(1, 2)が基礎となります.サンドイッチやパー書きを含め,算数で,かけ算の式に単位をどのように付けているかについては,先月末に取りまとめました.
サンドイッチは,トランプ配りと関連づけて検討したいところです.批判する人々の多くは,トランプ配りのかけ算への適用を評価し,その一方でサンドイッチには否定的・限定的です.小学校の算数はというと,トランプ配りはわり算(等分除)の操作として定着しています.サンドイッチは,教科書や学校の「指導」(例えば学習指導案)では見かけず,問題集の中に,たしかめの手段として書かれていることがあります.かけ算の構造・モデル・性質などを分類した国内外の文献に気を留めておけば,どんな手法にも,その適用が効果的な状況とそうでない状況がある,というだけの話です.
Wikipediaのノートの,T's-Nekoさんの書き込みで気になったのは,

この手の問題を出題するときは、『「1つぶんの数 × いくつ分 = ぜんぶの数」で式を書くこと』または、それを指す『サンドイッチの法則(書き方)で書くこと』という文が問題文に必要である

批判が出てしまうのは数学的な知識ではない「1つぶんの数 × いくつ分 = ぜんぶの数」という要求を暗黙にして問題の一部にしてしまう問題文が原因である

が,擁護する主張の中に出現する点です.
「1つぶんの数 × いくつ分 = ぜんぶの数」は,表記の違いはあれど,どの教科書でもそのようになっており,かけ算の単元の授業を通して学習しています.テスト(とりわけ,総括的評価のためのもの)や学力調査においても,式の構文や「サンドイッチ」のことを明示するのがむしろナンセンスであり,「1つぶんの数 × いくつ分 = ぜんぶの数」を理解していて文章題で適用できるか(頭からうまく引き出せるか)を問うというのが,現状なのです.
間違えた子どもたちも,先生の説明で,「あっそうだった」と思い出せます.回復学習と呼ばれます.回復学習の概念や,前の段落に書いた総括的評価という用語は,教育評価の中で見ることができます.『教育評価』と題する,定評のある本もいくつかありますが,「計算の意味の理解」の調査における一考察を糸口としてご覧いただければと思います.
2つ前の段落の「現状」に,少し補足をします.大人なら容易に思い浮かぶ,他のかけ算の式が使用されないのは,2年では「1つぶんの数 × いくつ分 = ぜんぶの数」に帰着してかけ算を適用することが重視されているからです.直積に基づく場面や囲い込みのないアレイなど,複数のかけ算の式が正解となるものについては,単に求めなさいとするのではなく,式を2つ答えなさいだとか,複数の求め方を誘導させるような,配慮がなされています.ついでに言うと,1年では「まとめて数える」活動がかけ算の素地となっており,それにより,トランプ配りが利用されにくくなります.かけ算を学習する前,学習する中で,児童がどのような解き方をするかを2年間かけて調べたオーストラリアの研究でも,アレイの考え方やトランプ配りは出現しません.
ところで,「サンドイッチ」の提唱者・推進者が誰なのか,さっぱり見当がつきません.
1年の,繰り上がりのあるたし算で活用される「さくらんぼ計算」については,TOSS関連で竹森正人という名前がよく出てきます.それから「トランプ配り型」は,1961年の『水道方式入門』に見つかりました.当時は「キャラメルの箱入れ型」との対比で,等分除にも包含除にも出題例があります.
「トランプ配りでやってみよう」という問題も見かけませんが,そうさせないことが,出題意図や指導方針に入っている文章もあります.ここのQ&Aの「トランプ配りをさせないのですか?」で,3点例示しています.
「サンドイッチ」に話を戻すと,その書式(3個×5=15個)は戦前戦後にも見られるのですが,1970年代前後から普及のパー書き(3個/皿×5皿=15個)と,単位を付けない書き方(3×5=15)に追いやられて,書式としては使われなくなったなあという印象があります.

関連情報

だいぶ上の「追加予定」のある意味,続きです.T's-Nekoさんの書き込みを目にして,連想したブログ記事があります:

構文論・意味論という“着想”をもとに,擁護の論を立て,コメントを受け撤回しています.内容の是非よりも,ここで書いておきたいのは,着想や思いつきを,叩いて終わらせることのできる,知識の豊富な人々が,「かけ算の順序」の界隈には何人かいるという点です.
自分はというと,建設的なアドバイスとともに入ってくる取扱注意なコメントを見ていき,コメントを凍結した一方で,Web以外の情報の比重を増やしながら,何度もリライトしてきました.悟りの境地は望めないものの,「かけ算の順序」関連の個々の発言が,何を根拠としているかは,だいたい見えるようになってきました.
Wikipediaは「編集合戦」とか「ノートの殺伐さ」とは別に,言葉で表しがたい,おそろしさがあるように感じており,リードオンリーで動向を見守ることにします.Wikipediaから当ブログの記事へのリンクは歓迎です.ただ,少々古い記事でも,内容を書き換えることがあるので,その点は気に留めていただけるとありがたいです*4

もう一つ関連情報

wikipedia:かけ算の順序とノートを読んだ感想などについて,これまで以下の記事にしてきました.

「Re: 」から始まる記事は,Re: 算数の教科書とその指導書の問題点以来です.

(最終更新:2013-05-11 夕方)

*1:「単価×個数」で明細が書かれているレシートに,1か所だけ「個数×単価」とあれば(逆でも),ブログで取り上げたいのですが.

*2:"the subject"は,インタビューの相手を指します.

*3:その論文をもとに,例えば「イギリス発行の査読付きの英語論文でも,『単価×個数』が認められている」と主張することは可能ですが,論文に記載されたかけ算の式を拾い上げていくと,「『単価×個数』も『個数×単価』もある」ことが分かり,なので「どっちでもいい」と主張することも可能な点は,注意しておきたいところです.

*4:魚拓をとっておくことをお勧めします…って,誰に言ってるんだか.