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正方形は長方形である?

わかっているようでわからない数と図形と論理の話 (学術選書)

わかっているようでわからない数と図形と論理の話 (学術選書)

出だしに,ぎょっとしました.

数学において,多くの主張は「AはBである」というような形をしています.「三角形の内角の和は180°である」,「1+1は2である」,「x^2-3x+2はxの2次式である」,「x^2-3x+2=0は実数解をもつ」,あるいは「\sqrt{2}の2乗は2である」などなどです.このような主張は,形は似ていてもその性格まで同じというわけではありません.「AはBである」というような主張は,大きく分けると定義と定理になります.(略)
(p.1)

定義と定理の区別は確かに重要ですが,列挙された「AはBである」の形の主張は,定義・定理と別の観点で,分類することができそうです.
読み進めると,もう一例,見つかりました.

(略)ちなみに正方形は長方形といってよいのでしょうか? 小学生に聞けば,正方形は「長くない」から長方形ではないと答える生徒が多いのではないでしょうか? もちろん上の定義を忠実に適用すれば,正方形は長方形です.(略)
(p.2)

この本では長方形や正方形の定義を明示していませんが,長方形に関しては「小学校の算数の教科書を見ると」と断った上で,「長方形とは4つの角がすべて直角の4辺形*1である」「4つの角がすべて直角の4辺形を長方形という」と記しています(p.2).


「正方形は長方形である」や「正方形は四角形である」は,プログラミングにおいて“is-a関係”と呼ばれます.wikipedia:Is-aでは,「リンゴはフルーツである」「Apple is a fruit.」という例が挙げられています.
is-a関係と対比されるのは,“has-a関係”です.「四角形は4つの角を持つ」や「長方形は4つの直角を持つ」のほか,「二次方程式は2つの解を持つ」が該当します.例から容易に分かるように,has-a関係は「AはBである」の形ではありません.
「AはBである」には,is-a関係のほか,“is-equal-to関係”とでも呼ぶべきものがあります.“equalの関係”と略記することにします*2
これは,「AはBに等しい」と言い換えることができます.最初の引用のうち,「三角形の内角の和は180°である」「1+1は2である」「\sqrt{2}の2乗は2である」が該当します.2者(等式だと両辺)の少なくとも一方は計算を要する*3ことから,equalの関係は,定義ではなく定理となります.
「正方形は長方形である」は,equalの関係ではありません.集合の包含関係が,背景にあります.噛み砕いて言うと,「ある図形が正方形であるならば,その図形は長方形である」となります.(「ある図形」が気になった方は,「2次元座標上で(0,0),(1,0),(1,1),(1,0)の4点を順に結んでできる四角形」とでも置き換えてください.)
ここで,「〜は正方形である」「〜は長方形である」は,is-a関係とは別物です.というのも,is-a関係はクラス間,数学で言えば集合間の関係だからです.equalの関係でもありません.
所属の関係であり,英語を使うなら“belongs-to関係”でしょうか.is-a関係はA⊂Bなのに対し,belongs-to関係はa∈Aです.
英辞郎スペースアルクで「belong to」を引き,用例を見ていくと,"belong to a professional baseball team"に「プロ野球の球団に所属している」という訳がついています.主語を複数形にしても,主語とプロ野球の球団は,「∈」の関係であり,「⊂」ではありません.
なのですが,“equalの関係”と“belongs-to関係”の中間のような「AはBである」もあります.「私は父親である」,"I am a father."といった形です.
意味としては,「私」と「父親」がイコールで結ばれます.しかし数学的には,父親全体からなる集合(,母親全体からなる集合,などなど)を考えて「私」はそこに属する,と解釈するほうが,議論がしやすくなります*4
と,留意点はいくつかあるものの,「ある図形が正方形であるならば,その図形は長方形である」は,適当に文字の意味を定めた上で,t∈S⇒t∈Rと表すことができます.


「正方形は長方形である」が小学校で取り扱われない理由として,技術的なものと,政治的なものが思い浮かびます.理解のためには,is-aやbelongs-toといった関係の違いのほか,「ならば(⇒)」*5も必要となります.集合の概念は,数学教育の現代化運動の流れを受けて,小学校の算数に一時期取り入れられた(教科書いまむかし 数学教育現代化時代(小学校) -大日本図書-)ものの,その次の学習指導要領改訂で削除された,という経緯もあります(今までの包摂関係の扱い - 教育 - Seesaa Wiki(ウィキ)).
そもそも,「正方形は長方形である」という言い方は,小学校の算数で見かけません.
例えば図形の包摂関係|算数用語集では,「正方形を長方形の仲間とみたり,長方形やひし形を平行四辺形の仲間とみたりする」「長方形が平行四辺形の特別な形である」と記されています.
数学との橋渡しとしては,ほかに,「正方形は長方形に含まれる*6」や「正方形は長方形の特殊な場合である」あたりも,言えるようにしたいところです.
テストにおいても,配慮が必要となります.A2で見てきたとおり,東京都算数教育研究会の学力実態調査では,6つの四角形に対し「向かい合っている2組の辺が平行になっている四角形」と「平行になっている辺の組が1組しかない四角形」を選ばせており,平行四辺形・長方形などを後者で挙げると誤答になるようにしています.


まとめ.

  • 「AはBである」という構文には,次の3種類の用法があります.
    • is-a関係:リンゴはフルーツである.正方形は長方形である.
    • equalの関係:1+1は2である.
    • belongs-to関係:x^2-3x+2はxの2次式である.2次元座標上で(0,0),(1,0),(1,1),(1,0)の4点を順に結んでできる四角形は正方形である.
  • 小学生に「正方形は長方形ですか?」と尋ねると,混乱が予想されます.「正方形は長方形のなかまですか?」と尋ねるようにしましょう.

*1:原文ママ.小学校の教科書では「四角形」と書かれるはずです.

*2:“is-equal-to関係”および“equalの関係”,それと後述の“belongs-to関係”は本記事のための造語です.

*3:「2は2に等しい(2=2)」といったequalの関係も,形式上は存在しますが,これはトートロジーとして別に扱うべきでしょう.

*4:“equalの関係”は,“belongs-to関係”に帰着させることができます.「計算して15になる式の集合」を考えると,3×5と5×3はともに,その集合に属する(belongs-to関係)ので,3×5=5×3である(equalの関係),となります.3×5=5×3とはもご覧ください.

*5:「ならば」については,高校の数学で学習すると思われます.『わかっているようでわからない数と図形と論理の話』でも,第IX話で取り上げられています.

*6:英語では"A is included in B."です.さらに言うと,"A is involved with B."だとhas-a関係になります.