いきなりですが問題です.
あなたは学校の先生です.もうじき運動会です.そんなときに,ある子どもの親から「運動会の日程を変更しろ」と申し入れがありました.どんな対応をすればいいでしょうか?
1件の申し入れで,変更できる話ではない,と言いたいのが本音です.ともあれ,変更するわけにいかないという回答をし,申し入れをした人に納得してもらう必要があります.
この問題の元ネタは,次の本です.
なぜあの教師は保護者を怒らせるのか プロ直伝! 学校の苦情取扱説明書
- 作者: 関根眞一
- 出版社/メーカー: 教育開発研究所
- 発売日: 2013/07/17
- メディア: 単行本
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たとえば、「運動会の日程を変更しろ」との申し入れがあるとする。これに対し、事前に答え方を数通り考えておかなければならないのだ。
1. その日が都合が悪くて行けない保護者に対して
「たいへん申しわけありません。これは年度行事として年初に決めてありまして、教育委員会の届出をすでに済ましておりますので、変えることはたいへん困難なのです。どうにかご都合を合わせていただくことができないでしょうか」。
2. その日が統計上雨の日が多いからと言う保護者に対して
「たいへん貴重なご意見をいただき、ありがとうございます。今後、行事日程を決定する際にはそのような観点からも検討いたします。ただ、本年度は決定が済み、全校の保護者へ連絡していますので、変更することは大変困難です。もし○○様のおっしゃるとおり雨になりましても、予備日を設けております。どうか、ご来場いただき、お子さまの活躍の場を楽しんでください」。
3. その日が法事になっている保護者に対して
「それは、それは、誠に残念なことでございましょう。しかし、学校では五〇〇人の生徒がその日のために練習を重ねています。いかがでしょう、今はビデオカメラという便利なものがあり、たくさんの保護者の方がご持参します。お友だちによくお願いして○○君を移していただけるよう頼んでください。本来担任が写せればよろしいのですが、その日はてんてこ舞いでしょうからご容赦願います」。
この場合、てんてこ舞いという言葉で、「担任が撮れ」と言われることを先に防御する。
4. 祖母が手術だからという保護者に対して
「大変なことでございますね。心中お察し申し上げます。ですが、その日はお母様につき添ってあげてください。お子様の運動会は来年もございます。ぜひ元気になられたお母様とご一緒に見学に来てください。手術のご成功をお祈りいたします」
5. 父親が出張で行けないという保護者に対して
「お忙しいのは何よりです。その日はお子様にとってもたいへん残念なことでしょうが、お父様が出張だということをよく伝え、がんばるように励ましてください。またお母様はお子様の活躍をカメラや携帯電話のカメラに収め、お帰りになったお父様にご報告してください。一等賞になったらご本人から言わせてくださいね」。
ただし、この場合は、「ビデオカメラで撮影を」とは言えない。もしお持ちでなかったら、「それは厭味か」と絡まれることになる。携帯電話はほとんどの方がお持ちである。
こんな具合に、一つの苦情に複数の回答を用意しておかねばならない。
(pp.26-28)
これだけ引き写して,「すごかった」の一語で終わらせるわけにもいきません.重要なのはまず,最後の文にあるとおり,1件の問い合わせに対して,複数の理由,そしてそれぞれごとに対応策を用意することです.そしてもう一つあって,相手の立場に立ち,学校の立場を伝えることです.回答の出だしは,提案ならそのことに対する感謝,相手さんの都合ならその状況への理解です*1.ビデオカメラを言って良い場合,良くない場合が書かれていたとおり,言葉を選んで,誤解されたり怒らせたりしないよう,配慮も必要となってきます.「五〇〇人の生徒がその日のために練習を重ねています」や「お子様の運動会は来年もございます」など,空間・時間の広がり*2を示したメッセージは,準備をしておかないと出てこないものです.
さて,この本の第二章は「事例検証」と題して,14の事例それぞれについて,ありがちな失敗シナリオを挙げたのち,理想的な対応を記しています.理想的な対応がどれも,御都合主義に見えるのですが,ある程度のフィクションは,入らざるを得ないかなと思いますし,王様の仕立て屋やザ・シェフあたりを好んでいる者としては,現実そんなにうまく事は運ばないことを承知の上で,トラブルに巻き込まれた多くの人が,その後ハッピーになるというストーリーに,ほのかな共感を覚える次第です.
事例検証の中で,「いじめだと認めろ!」(p.73)が,最も興味深い内容でした.概略は…親からすると,自分の子どもが,それまで仲の良かったクラスメイトから仲間はずれにされている,ということで担任に相談です.失敗ストーリーは割愛.まずは親と担任が協議した後,担任が学校で,生徒の状況を詳しく見ていきます.すると,この生徒が塾へ通い始めてから成績が上がっており,休み時間には塾の宿題をしたり,同じ塾に通う隣のクラスの子と話したりしている姿が見られたのでした.そこで親と再度協議.いじめではなく,生徒自身がつき合う友達を替えたのが真相でした.そして担任からは親に,子どもたちの変化に気づかなかったことをわびるとともに,以前の友達とも同じように話をするようにと依頼しています.
やっていることは「交渉」です.新たな情報一つで,進むべき方向が定まり,対話の流れが変わっています.
連想したのは,『理系のための交渉学入門: 交渉の設計と実践の理論』p.93に書かれている実験授業(模擬交渉)です.「国連事務総長にA国代表が選出されることが決まった」という情報があるとないとで,その後の交渉の状況が大きく異なります.その追加情報を受けた「A国代表が共通利益を模索し始め,合意に至らないまでも,生産的な議論に変わった」のに対し,「追加情報なしのチームは,各国が自国の利益を主張し,交渉が膠着状態」になったのでした.
とはいうものの,本日の記事で取り上げてきたのはどれも,直接見聞きしていない成功話です.自分はというと,前々から書いているとおり,学会行事がこれからの重要な仕事となります.加えて,学内での学生や教職員,また研究で関わる内外の方とのコミュニケーション(苦情対応を含め)も不可欠ですし,家に帰れば妻が子らが,やいのやいのと言ってきます.心を落ち着かせて,その場で思い浮かんだ複数のアイデアから一つを選び,成功を喜び失敗を最小化させ,日々の生活を送るとします.
(最終更新:2013-11-28 早朝)