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認知心理学から見た「5人に2個ずつ飴を配る」

 内容ですが,3節(認知心理学から見た学習)に分量を多く取っており,認知心理学的視点の意義として次の6つを挙げています.

  1. 結果ではなく過程を重視する
  2. 方法としてではなく意味を重視する
  3. 対人相互作用の中に位置づけられた学習
  4. 教師に必要な知識
  5. 文脈(状況)と視点の設定
  6. メタ認知の効用

 文献からの引用が多い中に,「かけ算の順序」が入っていました.

 一方,Pichert & Anderson (1977)は,文章理解に「泥棒」の立場で読むか,「不動産屋」の立場で読むか,という視点が影響を与えると報告している。つまり一方的な視点に立つと,一方的な理解しかできないということなのである。そして人間は,同時に2つ以上の視点に立ちにくいことも事実なのである。例えば,「5人に2個ずつ飴を配ると,何個飴はいるか」という問題を,2個×5人という視点からも,5個×2回(1回目に1人に1個ずつ計5個配る,それを2回)という視点からも理解し,その意味を説明できることは,かなり困難である。この問題には,上述の2通りの解法があるから,こどもがどっちの立式をしても正解と認めなければならないというのは,間違っている。これでは,結果を見て過程を見ない,方法重視意味軽視の評価である。なぜその立式で解けるのかの説明が子ども自身に理解されていなければならない。単に視点に立てるだけではなく,その視点の意味を認識できるということの重要性が指摘されるのである。
(pp.165-166)

 これを最初に読んだとき,「かけ算の順序」を批判する人々は,5個×2回という視点の存在を無視して5×2の式にバツをつけることこそ,「方法重視意味軽視の評価」だと,文句をつけるのではないかと感じました.
 それはそれとして,「5人に2個ずつ飴を配ると,何個飴はいるか」という問題はPichert & Anderson (1977)に出現するのか,それとも著者の創作なのかが,気になりました.文献タイトル(Taking different perspectives on a story)で検索をかけると,ダブルスペースの草稿*1にヒットしまして,ざっと読んだところ,「泥棒」に対応するburglarや「不動産屋」のreal estateは見つかりましたが,飴だの配るだのは見当たりませんでした.なので,著者の創作の可能性が高そうです.
 とはいえ上の引用よりも前に,かけ算について書かれています.「佐伯他(1989)は,こどもたちに4×8=32というかけ算を計算としてはできるのだが,その意味を本当は理解していないという調査結果を紹介している」(p.162)のところです.佐伯他(1989)はいまだ参照できていませんが,『子どものつまずきと授業づくり』に「式を逆にして問題を作った子どもが」と書かれている点に注意すると,1980年代の作問課題において,評価者や,報告書などの読者は,「かけ算の順序」について配慮・認識していることが推測できます.


 もう少し,著者や関連文献について確認しておきます.以下から分かるとおり,著者は現職の和歌山大学教育学部教授です.

 ただ,専門分野や所属学会などを見ると,「(教育)心理学」を専門としており,「算数」「数学」については書かれていません.
 「和歌山大学教育学部教育実践研究指導センター紀要」そして1994というと,以下の文献を思い出します.紀要名,No.,刊行年が一致しています.

 これもオープンアクセスで読めます.内容は,こちらの方がシンプルで読みやすいです*2.とくに今井のほうは,「乗法の意味の指導について」*3という,よく知られた文献があり,それをもとに1990年代に「小学校教員志望学生」に調査した,となっています.米澤の文献に立ち返ると,各事例そして文献を,かなり分け隔てなく取り上げているため,心理学に詳しくない者にとっては,何が「ああそれそれ」*4で何が「へえそんなのがあるんだ」なのかが分かりにくく,これが,読む側としての文章のとっつきにくさになっているようにも思います.
 同一誌に掲載された2つの文献の著者情報から,それぞれの所属と専門を確認できます.今井については最初のページ,著者氏名の右に「(数学教室)」が添えられています.米澤の同一箇所に書かれているのは「(和歌山大学教育学部心理学教室)」です.


 米澤の紀要論文は,http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t58/2デッドリンク)で知りました.http://8254.teacup.com/kakezannojunjo/bbs/t58/8デッドリンク)には,1990年代前半の状況をwikipedia:かけ算の順序問題から取り出していますが,そこで書かれている氏名は,ざっと見たところ米澤の引用文献には出現しません.なので,そういった数学者・心理学者らのやりとりを踏まえて,「5人に2個ずつ飴を配ると,何個飴はいるか」を持ち出したのかは,yesともnoとも言えません.
 現在の観点では,(1)「5人に2個ずつ飴を配ると,何個飴はいるか」に対し「5個×2回(1回目に1人に1個ずつ計5個配る,それを2回)」と考えるという子どもに関する学術的な調査・文献が見当たらないこと*5,(2)出現する順に書くほうが「順序にこだわる」とする本が2013年に出版されていること*6,そして(3) 2×5が正解で2×5が間違いなのを,児童らは問題解決学習を通じて理解していること*7,にも配慮をしたいところです.

*1:https://www.researchgate.net/profile/James-Pichert/publication/49176283_Taking_Different_Perspectives_on_a_Story/links/54c7cfe00cf238bb7d0b5171/Taking-Different-Perspectives-on-a-Story.pdf

*2:ただし作る側にとっては,多くの文献を著者の視点で取りまとめることと,調査を企画して実施し,結果から考察することとの間で,どちらが容易だ困難だというのは,一概に決められません.

*3:https://doi.org/10.32296/jjsmep.50.2_2

*4:とはいえ,Wasonについてはhttp://d.hatena.ne.jp/takehikom/20131023/1382454000で見てきましたし,引用文献の最初にある『問題解決の心理学―人間の時代への発想 (中公新書 757)』は,研究室の本棚を探せば見つかります.

*5:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130107/1357484400; 掲示板に書かれている「学習者の視点では「5×2」とする生徒がいる可能性があります。」は,これを追認するものとなっています.

*6:アイディアシートでうまくいく! 算数科問題解決授業スタンダード』; http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130219/1361220251#2

*7:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130316/1363388038; http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20131116/1384560000#2.3