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平均の速さの算数

いきなりですが問題です.

横浜市から三島市まで100kmをドライブしました.往路は平均50km/h,復路は渋滞のため平均30km/hで帰りました.往復では平均km/hでしたか?

元ネタは以下の本です.

子どもの学びを深める新しい算数科教育法

子どもの学びを深める新しい算数科教育法

箱囲みされた上記の問題を含むpp.13-14は「(4) 算数科の深い学び」と題しており,執筆者は小原豊氏です.2013年はトランプ配り,1988年はアレイでは『授業に役立つ算数教科書の数学的背景』の一節を取り上げましたが,今回の本には「かけ算の順序」関連は見かけませんでした*1
それでは解答です.同書には,次の2つが記されていました.「子ども達が解答AとBの違いを議論しつつ学びを深める事例」とも書かれています*2

  • 解答A 往路が50km/h,復路が30km/hだから,速さの平均は(50+30)÷2=40。答え40km/h。
  • 解答B 往路にかかる時間は100÷50より2時間。復路にかかる時間は100÷30より\frac{10}{3}時間。(100×2)÷(2+\frac{10}{3})=37.5。答え37.5km/h。

そのあとの解説に,ぎょっとしました(pp.13-14).

教材研究を行えば,この問題の数学的背景は調和平均であり,n個の変量をx_1, x_2, x_3……x_nとすると,それらの逆数の相加平均をさらに逆数にした左の定義に至ります。この調和平均は,上記の例でいえば,異なる速度で往復する場合と同じ所要時間がかかる一定の速度を指します。また,先の問題文の1行目を省いて距離の数値を除いても平均速度が算出できることも数学的に興味深い点です。計算としては分母の中にさらに分数を含む「連分数」を扱う煩雑さがありますが,教科横断的に応用場面も現れる汎用性の高い内容といえます。例えば,中学校理科で電気抵抗(Ω)を学ぶ際に,直列回路で接続した場合の電気抵抗は相加平均,並列回路の場合には調和平均で計算できます。

数学(調和平均)や理科(並列回路)との関連については,確かにその通りです.ぎょっとしたのは小さなことばかりで,一つは「繁分数(complex fraction)」とすべきところに「連分数(continued fraction)」と書いていること,もう一つは列挙時の省略で縦書き文書と同じ「……」を使用しているところです(もっとも一般的な書き方は,「x_1, x_2, \ldots, x_n」でしょうか).
解答Aではなく解答Bが,もとの問題では適切であることを確認した上で,ではこれが小学校の算数の授業で使えるのかを,考えてみます.読み進めると「このように調和平均は非常に魅力のある教材ですが,実はこの新たな種類の平均を概念化すること自体は,必ずしも小学校での深い学びの直接的なねらいではありません」という,逃げの一手にも見える記述があります.ですがもっと重要なことが欠落しています.この往復の平均の速さについては,面積図を用いて,解答Bの求め方を得ることができるのです.

そうすると,面積図を,算数の授業で採用してよいのか,中学受験の勉強を通じて(または何らかの方法で校外で*3)解き方を知っているという子どもが,面積図で解いて,他の子どもたちに伝わるのかということまで考えて,教材研究・授業研究をしなければならないということになります.
「必ずしも小学校での深い学びの直接的なねらいではありません」に続けて,「深さ」の意図として「数学的思考の本質への接近の程度」を挙げ,さらに“蓋然的推論の限界を知ること”及び“定義に戻って考えること”を提示しています.「定義に戻って考えること」と,平均の速さを結びつけるのなら,以下のような問題も,速さを学習したという小学生に尋ねて差し支えないはずです.

横浜市から三島市までドライブしました.はじめは平均50km/hで1時間15分走ったのですが,途中から渋滞のため平均30km/hで1時間15分走り,やっと目的地に到着しました.全体では平均km/hでしたか?

これについては,次のように計算できます.1時間15分は1.25時間で,全体の時間はその倍の2.5時間です.距離を求めると,はじめは50×1.25=62.5(km),途中から目的地までは30×1.25=37.5(km)で,合わせて62.5+37.5=100(km)です.なので平均時速は100÷2.5=40により求められ,「答え40km/h」です*4
「平均の速さ」を,「速さの平均」と区別して(あるいは関連づけて*5)学習するのに適したタイミングは,中学2年で「一次関数」や「変化の割合」を学ぶ時点かなと思いながら,『中学校学習指導要領解説数学編』や全国学力テストの過去問を読み直したものの,事例はありませんでした.次の候補としては,高校の物理で,時間と速度と距離との関係をグラフに表す(距離が面積に対応する)こと,それと「デはじ」*6でしょうか.

(最終更新:2018-05-19 深夜)

*1:『子どもの学びを深める新しい算数科教育法』のまえがきには,「本書は,2013年刊行の『子どもの学力を高める新しい算数科教育法』を2017(平成29)年公示の学習指導要領に合わせて,内容を精選・充実し,全面改訂したものです。」とあります.2013年刊行の本をAmazonで調べたところ,isbn:9784491029276ですが,手元にはありません.

*2:「50km/h」が「時速50km」「1時間に50km進むときの平均の速さ」の意味であることは前提知識とします.なお今回読んだ中に「時速50km/h」という誤記も見かけました.

*3:関連:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20130205/1360007324

*4:この問題については,速さの平均の式,(50+30)÷2=40でも同じ答えになります.「1時間15分」は他の値であっても(具体的に指定されていなくても),同じ長さの時間であれば,相加平均で算出できます.

*5:『子どもの学びを深める新しい算数科教育法』では,本記事の冒頭の「横浜市から三島市まで」の直前に,「「平均の速さ」と「速さの平均」を具体例に,その数学的な見方・考え方の面から算数科での深い学びの在り方を考えてみます。」と書かれています.「平均の速さ」は「瞬間の速さ」と対比して考えるべきなのに対し,「速さの平均」と書いた場合には,相加平均も相乗平均も,調和平均もその他の平均の求め方も,考えることができるけれども,「平均の速さ」の定義をもとに,往復の平均の算出においては,調和平均を採用するのが良いとなります.

*6:http://d.hatena.ne.jp/takehikom/20170519/1495142498