わさっきhb

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続・ハーヴァード大学の化学科では

事例を一つ….

幸い,ほとんどの大学院課程では,それぞれの大学院生に数人の教員がついて,研究のはかどり具合を定期的に監督している.最近ではこの制度が改善されて,大学院生をより手厚くサポートできる環境が整えられている.例えば,ハーヴァード大学の化学科では,さまざまなアプローチにより大学院生が教員と交流する機会を増やし,十分な心理的サポートが得られるようにしている.残念なのは,この制度が整備されたのが,2人の大学院生が自殺をした後だったということである(この経緯についてはHallowell 1999を参照).
(ラボ・ダイナミクス―理系人間のためのコミュニケーションスキル, p.190)

とはいえ,「ハーヴァード大学の化学科」でなされている,具体的なサポートについては書かれていません.というのも,そういう制度や歴史をもとに,大学院生はどのようにラボを,アカデミアを生きていくか,アドバイスを与えるための事例紹介だからでしょう.
「Hallowell 1999」を入手しようとすると,『Connect: 12 Vital Ties That Open Your Heart, Lengthen Your Life, and Deepen Your Soul』のようです.なお,参考文献にはpp.117-123とありますが,ペーパーバックも同じページかどうかは,本を持っていないので分かりません.

ハーヴァード大学の化学科では - わさっき

本を取り寄せました.同じページでした.この本については和訳書はなさそうですが,『Worry』に対する『心配をなくす50の方法』をはじめ,いくつか同著者の訳書が出版されています.
該当箇所のうち,p.117後半からp.119までは,「ハーヴァード大学の化学科」の事例紹介です.ただし読んだ限り,自殺した学生は1人だけとなっています.また「ハーヴァード大学の化学科」に対する英語表記はthe Department of Chemistry at Harvard Universityで,大学院生・ポスドク生合わせて300人超といった人数規模から,これは学科というよりも学部ではないかと思われますが*1,確証が取れませんでしたので,上の引用との整合性を優先し,以下も「学科」と表記します.
重要そうなところを,訳してみました.

学科ではみながしのぎを削っていた.有限の予算の獲得,画期的な研究業績のために.ストレスフルな環境であった.

1998年の夏のある日,大学院生Jasonが自殺した.よくできる学生だった.

学科長Jim Andersonが著者(Hallowell)に相談し,他の教員のアドバイスと同意を得ながら,サポート方法を戦略的に変えていった.

各学生につけるアドバイザを,それまでの1人から3人に増やした.

大学院生・ボスドクとの定期的な会合を実施した.心理療法を望む学生には学科の経費をつけた.

著者は学科長の依頼を受け,大学院生・ポスドク向けにストレス対処法の講義を実施し,その後,全構成員向けの短い配布文書を執筆した.

Jim Andersonのドアは常時開放し,悩みのある学生はいつでも入室可能とした.

学科全体を巻き込んだ親睦会をたびたび実施した.定期的な夕食会を学科図書館で実施した.著者が一度参加した夕食会では,テーブル,床,個室席などさまざまなところで会食と会話がなされた.

同年のクリスマスまでには,学科の雰囲気が前向きとなり,結びつきができた.学生の孤独感による不安を減らすことができた.

補足.

  • 「学科の経費で心理療法」に関連して,"Although Harvard has a university health service, it is run like an HMO, so psychotherapy is limited." という文がありました.HMOは英辞郎によると「保健維持機構」で,「米国の民間保険の一つ。医療費の抑制を目的に設立された」とあります.直接的には書いていませんが,「学内健康センターを当てにせず」ということで.
  • 夕食会のところで,"I could see connectedness spreading through the department as if it were a chemical reaction, catalyzed by Jim Anderson, driven by people's natural desire to bond." という評価が記されています.途中のchemical reactionは化学反応,その直後のcatalyzed byは「〜を触媒として」となり,これらはもちろん,化学科を念頭に置いたものですね.情報の分野なら「誰それをコア・ルーターとして,基幹ネットワークが構築された」といったところでしょうか.

自分の所属では,研究科全体となると大きすぎるので,クラスタとして,できるといいのかもしれません.年1回,例えば修論中間発表の直前に,ストレスを強く持つM2学生はもちろん,M1も,ドクターコースの学生や研究生も参加可能として,学生と教員が飲食して打ち解け合う場ができれば….
pp.120-123は構成員向けに執筆したという文書で,これも興味深いのですが,別の機会に読み直すことにします.

*1:現在はHarvard Department of Chemistry & Chemical Biologyでしょうか.