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《かけ算に順序はない》世界

Twitter経由でお越しの方へ:2011年の検討の結果は「倍」と「積」から学んだことを,2013年11月時点の認識はかけ算の順序論争について(日本語版)ならびにツイート感謝をご覧ください.本記事は古い内容です.
1960〜70年代のSchool Mathematics Study Group (SMSG)の興廃,遠山啓の講演の「タイル×タイル」,中国の状況などから,国内外において,「かけ算に順序がない」という考えや教育方法には課題があり,その解決法,さらには,一貫した算数・数学教育カリキュラムが提案されていない現状では,日本の教育がその考えを採用することはなさそうだ,という理解に至っています.】

「5×3をめぐるお話」に書いた2つのお話は,《かけ算に順序はない》世界で,そこからどんなトラブルが起こるだろうか,イメージを膨らませて創作したものです.
以下その解説です.

準備

《かけ算の原則》:「1つ分の大きさ」×「いくつ分」=「全体の大きさ」
《AB型》:文章題で,A,Bの順に数が現れ,《かけ算の原則》に基づきA×B=Pの形で式を立てることが期待される問題.
《BA型》:文章題で,A,Bの順に数が現れ,《かけ算の原則》に基づきB×A=Pの形で式を立てることが期待される問題.
《かけ算に順序はない》:《AB型》では「A×B=P」と「B×A=P」の両方を,また《BA型》でも「A×B=P」と「B×A=P」の両方を,正解とする価値観.名詞としても,「《かけ算に順序はない》世界」のように形容詞としても用います.
かけ算以外(累加など)による立式は,考えないことにします.

第1話の解説

《問1a》:チョコレートを 5こずつ 3にんに くばります。チョコレートは 何こ ひつようですか。
《問1b》:5にんに チョコレートを 3こずつ くばります。チョコレートは 何こ ひつようですか。
チョコレートの総数はともに「15個」です.
そして,《かけ算に順序はない》世界では,《問1a》《問1b》ともに「5×3=15」を正解とします(「3×5=15」も正解としますが,このことは,使用しません).そのため,「5×3=15」を,まず《問1a》の正解となるよう子どもたちにイメージさせ,あとで《問1b》の意味なのだと居直ることができてしまうのです.
一方,《かけ算に順序はない》を前提としないなら,《問1a》は《AB型》なので「5×3=15」のみを,《問1b》は《BA型》なので「3×5=15」のみを,それぞれ正解とします.「5×3=15」は,《問1b》の正解となりません.2回目の「ごさん,じゅうご!!」は,言わなかったでしょうね.

第2話の解説

《問2a》:5まいの さらに 3こずつ りんごを のせます。りんごは 何こ ひつようですか。
《問2b》:5まいずつ さらを はこに いれます。はこは 3こ あります。さらは 何まい ひつようですか。
求めるべき数量は,《問2a》では,「りんごが15個」,《問2b》では「皿が15枚」です.
《かけ算に順序はない》世界では,《問2a》では「5×3個=15個」,《問2a》では「5枚×3=15枚」が正解に含まれます(他にも正解になる立式はありますが,省略します).ここから単位を取り除くと,ともに「5×3=15」です.
「5×3個=15個」の左辺に交換法則を適用して得られる「3個×5=15個」と,「5枚×3=15枚」は,ともに何の何倍の形,あるいはサンドイッチと呼ばれる立式で,《かけ算に順序はない》人々からは嫌われています.なのでこれを使わない式で説明し直しますと,「皿 5枚×3個 りんご」を書いて渡した支配人は,例えばトランプ配りから,「5個/回配る×3回配る=15個」を念頭に置いていたのに対し,「皿 5枚×3個 りんご」と書かれた紙(もしくは指示)を受け取って作業した従業員は,りんごが見当たらないこと,そしてりんご箱があることから,「5枚/箱×3箱=15枚」と単位を変えた,という次第です.
一方,《かけ算に順序はない》を前提としないなら,《問2a》は《BA型》なので「3個×5=15個」,《問2b》は《AB型》なので「5枚×3=15枚」が正解に含まれます.それぞれ,単位を取り除くと,《問2a》は「3×5=15」,《問2b》は「5×3=15」となり,異なります.また,「3個×5=15個」だからといって,「5×3個=15個」とは書きません.

補足

《かけ算の原則》《かけ算に順序はない》は,乱暴なラベリングのようです.誤解を招かないようにするには,それぞれ《かけ算立式の原則》《かけ算の立式において順序はない》と書くべきでしょう*1
とはいえ,これは些細な問題です.というのも,かけ算の順序をめぐる論争に携わっている多くの人は,単位を取り除いた状態のとき(量ではなく数として見たとき),順序は交換可能であること,例えば5×3=3×5であることについて,これを否定することはないからです.
数量(量とも言います)を含む文章題や事例に対して,かけ算の式で表すときに,「ある状況では,S×T=Uを受け入れるが,T×S=Uは受け入れない」という考え方と,「S×T=Uを受け入れるのなら,必ず,T×S=Uも受け入れる」という考え方があり,後者が《かけ算に順序はない》と一致します.なお,それぞれの式において,単位を付ける付けないの区別も考慮に入れると,話が複雑になるのですが,今回は書く側が最も楽な《無頓着派》を採用しています.
第1話,第2話とも,参加者はみな《かけ算に順序はない》世界にいるものとして,ストーリーを作りました.しかし,実際には一部だけ,具体的には第1話はパパだけ,第2話は支配人だけが,《かけ算に順序はない》としても,いちおう話は通じます.
物品とその単位を変えれば,話はもっともっと作ることができそうです.そして私自身は,これらのお話を,《かけ算に順序はない》の根本的な欠陥によるものだとは思っていません.実際のところそれぞれにアラがあって,そこを追及することによって,《かけ算に順序はない》の課題を回避できるようにすることが(おそらく常に)可能だからです.
お話はいずれもフィクションであり,かけ算の順序をめぐる検討を経て出来上がった,個人的な成果なのです.そして,もう少しお話を作ってから,《かけ算に順序はない》を前提としない住人ばかりの世界で,トラブルを生むような(《かけ算に順序はない》人の間ではトラブルにならないような),かけ算の式をめぐるストーリーが作れないかとも,考えているのです.

過去に書いたこと

おまけのクイズ

第1話で,あなたが子どものひとりだったら,会話をどのように変えて,5個のチョコレートを手に入れますか?
第2話で,りんごはどこへ消えたのでしょうか?

*1:それでも《かけ算立式の原則》というラベルは不十分で,具体的に言うと,「縦の長さ」×「横の長さ」=「面積」は,《かけ算立式の原則》とは異なるルールを必要とします.