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「かけ算の順序」はニセ科学だと思っている人向けツアー

目次

  • 1. はじめに
  • 2. 海外では?
  • 3. 出題・評価
  • 4. 遠山啓,その後
  • 5. 複数解
  • 6. 学術調査
  • 7. 「論争」のあと
  • 8. おわりに
  • A. 算数を離れて
  • B. 小学校の先生は
  • Q&A (11件)

(追記1)2013-2015年に得た情報を,以下の記事にて取りまとめましたので,合わせてご覧ください.

1. はじめに

5.おまけ(掛け算の順序問題について)

前項の終わりの部分を見てピンと来た人もいらっしゃるかもしれませんが、今回の記事を書いているうちに「掛け算の順序問題」(当ブログでも以前こちらの記事で取り上げています)とは、まさしく「しつけ」と教育の混同が起こっている事例(の1つ)ではないか、と考えるに至りました。

つまり、掛け算の順序とは、
まず、教える側が「掛け算の順序」を導入の為の方便(=しつけ)である事を理解していない。
教えた通りの形式で出来る事が教育だと勘違いしている(しつけとの区別が付いていない)。
だから、習慣化した後ではさっさと破棄すべき概念である事も理解していない。
それどころか、方便を真実であると言い張る為の屁理屈を一生懸命こね回している。
その結果、大人になっても「掛け算には順序がある」という考えのままの人が散見されてしまう。

こんな風に考えています。
言い換えれば、大人になっても掛け算に順序があると信じている人は、大人になってもサンタクロースの存在を信じている人と一緒です。但し勿論、必ずしも本人の責任ではありませんので、馬鹿にする意図はありません。誰からも教えて貰えなかったというだけの事ですから。
そして、掛け算に順序があるという理論武装を一生懸命している教育関係者は、サンタクロースの実在を(シャレではなくマジで)証明しようとするイタい人と一緒です(爆)

PseuDoctorの科学とニセ科学、それと趣味: P02-06: 「科学的に間違っている」はニセ科学批判の中で最も簡単な部分です

上の文章を読んで,「そうだそうだ」と思う人が一定数いるんだろうなと思いながら,これまで読んできた文献,書いてきた自分のエントリを見直してみました.
なお,長文ですので,まずは色つきの箇所をざっと見ていき,関心があれば先頭からまたご覧ください.

2. 海外では?

まず,「かけ算の順序,外国ではどうなっているの?」というのが素朴な疑問になると思います.
かけ算の「order」が書かれている,Webの情報を,今年見かけました.といっても書かれたのは2001年です.

I recently saw a facsimile of a 19th-century text that defined the
multiplier as the SMALLER of the two numbers, regardless of the order.
So there's yet a third definition to use.

http://mathforum.org/library/drmath/view/58567.html

前後も読むと,かけ算の式の表し方には,「かけられる数×かける数」「かける数×かけられる数」そして「小さい方の数×大きい方の数」という,3種類があるとのこと.「小さい方の数×大きい方の数」は,半九九(制限九九)と合致します.また上記回答からは,それは古い表し方であるとも読み取れます.
「順序」から離れることにしまして,算数教育で定評のある文献*1を,取り上げましょう.

  • Vergnaud, G.: Multiplicative Structures, Acquisition of mathematics concepts and processes, Academic Press, pp.127-174 (1983).

引用するなら…一つは,被乗数と乗数,そして積の関係についての問題意識でしょう.

From Schema 5.1 children can extract a×b=x. In Example 1, for instance, the child recognizes the situation to be multiplicative, and therefore multiplies 4×15 or 15×4 to find the answer. This binary composition is correct if a and b are viewed as numbers. But, if they are viewed as magnitudes, it is not clear why 4 cakes × 15 cents yields cents and not cakes.
(私訳:図5.1から,子どもたちはa×b=xを得る.たとえば例1では,子どもはかけ算の場面であることを認識し,その結果4×15か15×4のいずれかの式で表す.この2項演算は,aとbをともに(純粋な)数と見るなら正しい.しかし,(量の)大きさとして見たとき,4個×15セントによって60セントが得られ60個ではないのがなぜかというと,明らかではない.
(p.129)

「4×15 or 15×4 to find the answer」とあるので,著者としてはどちらでもいいと言っているように見えます.

なのですが,また別の箇所では,デカルト積,すなわち「乗数と被乗数を区別しない文脈」を使ったかけ算の指導が,うまくいっていないことを指摘しています.

The Cartesian product is so nice that it has very often been used (in France anyway) to introduce multiplication in the second and third grades of elementary school. But many children fail to understand multiplication when it is introduced this way. The arithmetical structure of the Cartesian product, as a product of measures, is indeed very difficult and cannot really be mastered until it is analyzed as a double proportion. Simple proportions should come first.
(私訳:デカルト積は,(積の考え方として)非常にいいので,フランスではとにかく,小学校の第2〜3学年でかけ算を導入する際に非常によく使われてきた.しかしこの方法で導入すると,多くの児童が,かけ算の理解に失敗している.量の積として,デカルト積による算術的(乗法的)な構造というのは実のところ非常に難しく,複比例として理解できるようになるまでは,その修得は困難である.単純な比例(割合)の問題を最初にもってくるべきである.)
(p.135)

Vergnaud (1983)の内容ですが,イントロのあと,「Preliminary Analysis」(pp.128-140)として,著者の経験に基づく3つの乗法の構造,具体的には(a) isomorphism of measures, (b) product of measures, (c) multiple proportionの考え方や問題例が述べられています.「Experiments」(pp.140-160)では,日本でいう小学校6年生から中学校3年生の児童生徒に問題を解かせ,彼らなりの乗法の構造を浮かび上がらせようとしています.最後に「Further Analysis and Experiments」(pp.160-172)として,分数,(複)比例,ベクトル空間などに言及しています.残りのページはConclusionとReferencesです.
先ほど「乗数と被乗数を区別しない文脈」と書きました.これは

で記載されていたのですが,その元となる文献もまた海外のものです.

  • Greer, B.: Multiplication and Division as Models of Situations, Handbook of Research on Mathematics Teaching and Learning, pp.276-295 (1992).

この解説では,はじめのほうで,「乗数と被乗数が区別される文脈」,そしてその際の「かけられる数」と「かける数」との区別を,明快に示しています.

A situation in which there is a number of groups of objects having the same number in each group normally constitutes a child's earliest encounter with an application for multiplication. For example,

3 children have 4 cookies each. How many cookies do they have altogether?

Within this conceptualization, the two numbers play clearly different roles. The number of children is the multiplier that operates on the number of cookies, the multiplicand, to produce the answer. A consequence of this asymmetry is that two types of division may be distinguished.
(私訳:いくつかのグループがあって,各グループで同じ個数のモノがあるときというのが,子どもが最初にかけ算を用いる場面になる.例えば

3人の子どもが4つずつクッキーを持っている.全部合わせるとクッキーは何個か?

これをかけ算の式で表そうとするとき,2つの数は明らかに異なる役割を担っている.子どもの数は「乗数」であり,クッキーの数すなわち「被乗数」に作用して,答えとなる総数が得られる.この非対称性から言えるのは,2種類のわり算を考えることができてそれぞれ区別されるということである.)
(p.276)

「乗数と被乗数を区別しない文脈」のエッセンスも,取り出しておきます.

Cartesian products provide a quite different context for multiplication of natural numbers. An example of such a problem is

If 4 boys and 3 girls are dancing, how many different partnerships are possible?

This class of situations corresponds to the formal definition of m × n in terms of the number of distinct ordered pairs that can be formed when the first member of each pair belongs to a set with m elements and the second to a set with n elements. This sophisticated way of defining multiplication of integers was formalized relatively recently in historical terms.
(私訳:デカルト積は,自然数の乗法に対してまったく異なる文脈を与える.例題を示す.

4人の男の子と3人の女の子がダンスをするとき,男女のペアは何通りできるか?

一般化すると,順序対((a,b)と(b,a)は区別される)の総数を求めようということである.その際,各順序対の最初はm個の要素からなる集合に,また2番目はn個の要素からなる集合に属する.そうすると,総数はm×nで表される.このような整数の乗法の定義は,比較的最近になって,歴史的な観点でなされるようになった.)
(p.277)

1ページを丸ごと使った表の中で,「乗数と被乗数が区別される文脈」としてEqual groups, Equal measures, Rate, Measure conversion, Multiplicative comparison, Part/whole, Multiplicative changeの7種類,「乗数と被乗数を区別しない文脈」としてCartesian product, Rectangular area, Product of measuresの3種類を挙げています.速さと時間から道のりを求めるのはRateに,電力と時間から電力量を求めるのはProduct of measuresに位置づけています.
なお,Greer (1992)では,式として「かけられる数×かける数」とすべきか,それとも「かける数×かけられる数」なのかについては,他文献からの引用による式が書かれているものの,著者としてどちらである(または,どちらでもいい)とは主張していないようです.
海外の文献をほかにもいくつか,読みましたが,「かけ算の順序」という問題設定は見られませんでした
日本人が英語で学会発表したと思われる事例を紹介しておきます.これは,wikipedia:en:Multiplicationで,Notesの1番目にリンクされています.

初めの6ページ分のスライドは,いくつかの状況に対し,3×4か4×3か,混乱を誘っているように見えます.読み進めると,いえいえ実は,×の左と右に書く数にはそれぞれ意味があるのですよ("The numbers in a multiplication sentences mean something specific",p.12上),と展開していきます.
発表は2009年となっていますが,1995年の東京書籍の算数教科書を英訳したので,その紹介といった内容です.
海外の事例で,あと一つ,挙げておきたいのは,中国の話です.

乗法の学習は第2学年上半期に九九に伴って始まる。1つ前の教育課程から, 「一部分の学習者が被乗数と乗数の区別に難儀を感じる」,「中学校に入ったら被乗数も乗数も因数として扱う」などの理由で,被乗数と乗数の区別をなくし,最初から因数として扱うこととした(略)。これについて現場の授業等を観察したことがある。この処理は数計算の場合大きな差支えがないかもしれないが,量の扱いではやはり不具合があって,教師たちの丁寧な対応によって乗り越えているところである。
(p.181)

この執筆者は杜威です.教育出版のサイトでは次のとおり,同じ方による,「不具合」抜きの解説があります.

一方,大綱に基いて作成された教科書でも,最近いくつか大胆ともいえる改革の動向が見られる。例えば,小学校の数計算では被乗数と乗数の区別を廃止したことである。提唱した研究者本人に直接たずねたこともあるが,理由はいかにも簡単なものであった。「学習者は被乗数と乗数の間違いで(教師に)さんざんいじめられている。中学校に入ると因数となるから,いっそ,小学校から因数を使おう」と。ほかにも例えば帯分数使用の廃止論が上がっていることなど。

第20回 中国の数学教育事情−その1

3. 出題・評価

といったところで,日本の「かけ算」教育はどうなってきたのかに,路線変更をします.「かけ算の順序論争」でよく,批判の対象となるのと同じタイプの文章題が,戦後ほどなく,昭和26年(1951年)の小学校学習指導要領 算数科編(試案)に見られます.

三年の乗法九々の学習で,三の段がひととおりすんで,こどもたちは三の段の九々がすらすら唱えられるようになった。そこで,教師は次のようなテストを行って,こどもがかけ算の意味を理解して,九々を適用する力が伸びたかどうかを調べてみた。

問題 3人のこどもに,えんぴつを2本ずつあげようと思います。えんぴつがなん本いるでしょう。どんな九々をつかえばわかりますか。

どんな九々をつかうかという問に対して,3×2=6と答えたものが予想以上に多いことがわかった。これによってこどもは問題に出てくる数を,その数の意味を深く考えもしないで,出てくる順に書き並べ,その間に,かけ算記号を書き入れることがわかった。問題に出てくる数を頭の中にいったん収めて,演算の決定に導くように問題の場を組織だてる力が欠けているらしいことがわかった。そこで,その欠けていることについての再指導に入るわけである。
3は人数を表わしている数である。それを2倍した答の6は何といったらよいか尋ねてみる。それで,6人となって問題の要求に合わないことを説明する。このようにして3×2=6とするのが誤であることを明らかにしたとする。
しかし,上のような指導だけでは,問題をすこし変えてテストしてみると,ほとんど進歩しないことがはっきりわかってきた。つまり,一方を否定するような消極的な指導だけでは,前に述べたような問題を組織だてる力を伸ばすのに,ほとんど役だたないことがわかった。これが再指導に対しての評価であって,指導の方法を修正する必要をつかんだわけである。そこで;問題解決を,同数累加の形にもどして,倍の概念をしっかり押えるように指導したのである。今度は成功した。この事実を教師が見届けたのもやはり評価である。

V. 算数についての評価

「いやそれは,遠山啓によって,そして昨今の議論によって,打ち破られたのだ」とお考えの方が,ここまで読んでいただければ,ありがたいのですが,ともあれ遠山啓の件は次に,また現在ではどうなっているのかについてはもう少し後で,書籍を確認していくことにします.
ここでは「評価」に着目します.実は,上に挙げた「評価」はやがて,廃れていきます.次の本で,算数というよりは現代の教育における,評価の変遷がまとめられています.

教育評価 (岩波テキストブックス)

教育評価 (岩波テキストブックス)

なのですが,この本にも,かけ算の出題が取り上げられています.その採点基準を読むと,乗数と被乗数の区別について,配慮がなされています.

パフォーマンス評価の一種である「作問法」(この場合は「算式法」)では,「4×8=32となるようなお話をつくってください.そして,そのお話を絵で描いてみましょう」という例があげられるであろう.今までは子どもたちは与えられた問題をひたすら解く立場であったものが,「聴衆(オーディエンス)」を意識して問題を作成するという立場にたつことで,自分たちの生活知を活性化させる意欲を喚起される.そして,乗法にかかわるさまざまなエピソードやイメージを想起しつつ,ストーリーを紡ぎ出し,その場面を描くことになる.
この場合の採点基準としては,「乗法の意味内容を踏まえたお話であるか」(正比例型,直積型(面積),倍比率型となっているか),「乗数と被乗数の意味が区別されているか」(とくに正比例型では「4」は「一あたり量」,「8」は「いくつ分」と区別されているか),「お話が現実的であるか」(たとえば「潤一君は1日4kgの牛肉を8日間食べ続けました.全部で牛肉を何kg食べたでしょうか」という話は,論理的には正しくても生活文脈的にはやや無理な作問である),「お話と絵が一致しているか」を考えておけばよいだろう.
(p.158)

その種の,文章題を与えて子どもたちに式を立てさせるのではなく,式を与えてそれに合った場面(文章題)を作らせる事例は,1980年代前半の本にもあります.

(5)かけ算の文章題づくり
かけ算の意味が子どもに理解できているかどうかの最終的なツメです。意味がわかれば,問題がつくれるからです。そこで,「6×8の文章題をつくりましょう」と問題を出し,ノートに文章題をつくらせました。
〔子どもがつくった文章題〕
1) 1あたり量が先にきている問題

  • 1はこにトイレットペーパーが6ロールはいっています。そのはこが8こあります。トイレットペーパーはなんロールありますか。
  • 1ぴきの「なまず」の水そうに,えさの「めだか」を6ぴきずつ入れることになりました。「なまず」の水そうは8こです。さて「めだか」はなんびきいるでしょうか。

2) 分量が先にきている問題

  • ねこが8ぴきいます。1ぴきにすずを6こつけると,すずは何こいりますか。
  • 8びんにジュースが6dlあります。ジュースは何dlですか。
  • 車が8だいありました。どの車にも人が6人ずついます。ぜんぶでなん人いるでしょう。

3) つまずいている例

  • 1さつ8ページの本があります。その本が6さつあります。全部で本のページはいくつでしょう。
  • ふねが6そうとまっています。人間が8人ずつのっています。ふねは,何そういるでしょう。
  • (残り2例省略)

(p.176)

「つまずいている例」の2つも,6×8になるんだってば,とお考えの方…次の項目で,一つ,謎解きにお付き合いください.

4. 遠山啓,その後

一つの場面(文章題)に対して,4×6だけでなく6×4も正解になるのだよと,明確に示したのは,遠山啓を置いてないでしょう.私は次の本をよく参照しています.

遠山啓著作集数学教育論シリーズ 5 量とはなにか 1 (1978年)

遠山啓著作集数学教育論シリーズ 5 量とはなにか 1 (1978年)

このうちpp.114-120が「6×4,4×6論争にひそむ意味」です.初出は『科学朝日』1972年5月号とのこと.

1972年1月26日の『朝日新聞』に小学校のテストをめぐる論争がのった.それによると,昨年の秋,大阪府松原市・松原南小学校の2年生のテストに,つぎのような問題があったという.
「6人のこどもに,1人4こずつみかんをあたえたい.みかんはいくつあればよいでしょうか」
これに対して何人かの子どもは,
6×4=24
と書いたが,その答案は,答えの24こにはマルがつけられ,式の6×4にはバツがつけられ,4×6と訂正されたという.そこで,これに疑問を抱いた親が,文部省にも質問状をだして論争がまきおこったらしい.
この論争をのせた新聞を送ってもらって読んでみたが,じつにおもしろかった.そこには学校教育をめぐるいろいろの意見をかいま見ることができた.
(p.114)

ミカンを配るのに,トランプを配るときのやり方で配ると,1回分が6こ,これを4回くばるのだから,それを思い浮かべる子どもは,むしろ,
6×4=24
という方式をたてるほうが合理的だといえる。
これが,もし,つぎのような問題だったら,どうだろう.「教室の机は1列に6つずつ4列ならんでいます.机はみんなでいくつありますか」という問題では,4×6でも,6×4でもいいとせざるをえないだろう.
(p.116)

トランプ配りかどうかに限らず,この出題で「6×4=24」も正解になり得るとする本を,並べておきます.

おかしなおかしな数学者たち (新潮文庫)

おかしなおかしな数学者たち (新潮文庫)

数の現象学 (ちくま学芸文庫)

数の現象学 (ちくま学芸文庫)

算数・数学教育つれづれ草

算数・数学教育つれづれ草

かけ算には順序があるのか (岩波科学ライブラリー)

かけ算には順序があるのか (岩波科学ライブラリー)

さて,その主張に対抗するため,これよりも多くの本を持ってきたら…というわけにもいきません.ともあれ,
算数教育指導用語辞典

算数教育指導用語辞典

には,「計算法則に関する注意事項」と題して,脚注で次のように書かれています.

計算法則に関する注意事項
数の拡張では,三つの計算法則の確かめが必要であったが,これはあくまでも形式であって,これと離れた具体的な場面では注意すべきことがある。
例えば,交換法則に関しては,同じ加法でも合併なら交換が可能であるが,追加(増加)の場合では交換は不可能である。例えば,ミカンが5個あっても3個もらうと8個になるということから,3個もらって5個あってというのは意味が曖昧になってしまう。不用意に交換すると時間差を無視したりすることになる。
また,乗法で,被乗数と乗数を交換しているのは,2次元的な面積の場合が,縦横同じ種類の者が並んでいる人間とかおはじきなどの数を求める場合はわかりよい。
ただし,この場合でも,被乗数と乗数を交換したとき,その基準量をどうとらえたか,操作の観点をどこに置いたかをよく考え,その違いをはっきりとつかんでおかねばならない。同数累加や倍概念で操作する1次元的な乗法では,安易な交換は許されない。
例えば,三つの皿にみかんが2個ずつあるとき,みかん全部の個数は2×3で求められる。しかし,皿の数三つにみかんの数2個をかけて3×2というのは意味がなく,このような具体的な場面で2×3が3×2に等しくなることを理解させるのは,かなり無理があると考えられる。
(pp.18-19)

もう一つ,1年生向けの指導で,「トランプ配り封じ」をしているものがあります.

この中のp.66は,「具体物をまとめて数える」と題した,第1学年向けの授業例です(「乗法の素地的な見方ができるようにする」とも書かれています).「子どもが3人います。みかんを1人に2こずつあげます。みんなでなんこいりますか」を出題しています.そして,指導上の留意点として,「1個ずつ置くか,2個ずつ置くかという置き方ではなく,置いた結果に着目させる」を挙げています.

またp.104では「基準量が後に示された適用問題」を提示しており,「おかしのはこが4つあります。1つのはこには,おかしが5こずつはいっています」から,5×4=20と4×5=20を比べて,正しく考えているのは,前者であることを確認しています.

それでは…数学教育協議会では,遠山の「トランプを配るときのやり方」,そして6×4も正解になるという考え方を,支持してきたのでしょうか.
いくらか本を読んできたものの,支持している形跡が見られないんだよなあ,というのが,率直なところです.
その鍵を握る人物が,遠山との共著も多く,また数学教育協議会の委員長を務めた,銀林浩であると,推測しています.かけ算ではないのですが,たし算で,4+3≠3+4を指摘しています.

数の科学―水道方式の基礎 (1975年) (教育文庫〈7〉)

数の科学―水道方式の基礎 (1975年) (教育文庫〈7〉)

「子どもが4人遊んでいました。そこにあらたに子どもが3人やってきました。子どもは何人になりましたか?」
前の合併型がもっぱら空間的で同時存在しているものを対象としているのに対して,この増加型は時間的構造をもっているという点がはっきり違う。前の場合には,加えられる項4と3はほぼ対等であって,加法を
4+3=3+4
のいずれで表記しても,意味上そう違いはなかったが,この増加の場合には,被加数の4と加数の3とはまったく質が異なっている。4ははじめに存在しているいわば土台であり,3はあとからつけ加える増加分にすぎない。だから,意味の上からは確かに
4+3≠3+4
であって厳密には交換法則は成り立たない。この両辺の《値》が等しくなるのは,ただの結果としてにすぎない。
(p.62)

かけ算への転用は,難しくありません.というのも,現在の算数教育を見ている限り,「加数と被加数が区別される文脈」と呼べるものが「増加」に,「加数と被加数を区別しない文脈」が「合併」に対応します.ただし,かけ算との違いもあって,「加数と被加数を区別しない文脈」のほうが先になります.かけ算はというと,長方形の面積は4年ですし,アレイすなわち長方形配置から,総数を求めるのは,「一つ分の大きさ×いくつ分」すなわち「乗数と被乗数が区別される文脈」の中でなされています.

別の状況証拠として,「6×4,4×6論争にひそむ意味」は,2009年に全7巻で刊行された選集,『遠山啓エッセンス』に収録されていません.銀林はその編者の一人です.
あともう一つ,6×8でつまずいている例などを記している,『さんすうの授業 第1階梯 小学校1・2・3年生』についても,銀林が筆頭の監修者となっているのです.

5. 複数解

かけ算の順序に関連して,小学校では特定の教え方しか認めていないという指摘をよく見かけます.個人的には,複数の解き方を知っている子---校外で教わったにせよ,自分で思いついたにせよ---も,授業やテストなど,場面に応じて最も適切な解き方や考え方を一つ,提示できるようになってほしいなと,願っています.大人向けには,教師によって異なる指導法や教育観があるのを前提とした上で,「先生きょうはお休み」だとか「学年が上がった」だとかで,担任の先生が変わっても,子どもたちがこれまで学んだことをもとに新たなことを学べる環境---「教室」というよりは「ノウハウの継承」---があって,そしてそれを支えているのが,学習指導要領,教科書とその指導書,そして先生方の人間関係にあるのだなと,少しでも多くの人が,思いを致す方向にシフトしていければと,期待しております.

一つの場面で複数のかけ算の(あるいは,かけ算を含んだ)式にする授業例は,Webでも見ることができます.典型的なのは,L字型,例えば

○○
○○
○○○○○○
○○○○○○

とあったときに,この総数を求める式でしょうか.
単純なアレイの配置を,本から見ておきます.

○○○○
○○○○
○○○○

この「○」の総数を,かけ算の式で表してください…と言ったら,「3×4」と「4×3」が思い浮かぶと思います.もちろんそれらは正解です.

によると,p.21ではかけ算の式にするより前の授業ですが,次のとおり,「2×6」や「6×2」に対応する分け方が図示されています.そして「□の○個分」(というとらえ方)へと,まとめられます.

そのほか,この本では,1本の木に5種類の異なる花が咲き,そんな木が4つあるという「ふしぎな花のさく木」が図示され,解説されています(p.49).このとき式は,「5×4」も「4×5」もOKですね.さて一体どんな木?

6. 学術調査

学力テストとは別の形態で,乗法の意味理解に関する学術調査が行われています.2年で学習する,九九の範囲のかけ算に限ることなく,文献情報と,今見直して興味深かった出題を,挙げておくことにします.

問4 次の式で,○や△は,どれもいろいろな数を入れるところを表わしています.
    ○×△
次にのべたことのうち,この式のことを正しくいっていると思われるものに,すべて○をつけなさい.
□ア.○に入れる数をきめておいて,△に入れる数を2ばい,3ばい,…,または\frac{1}{2}\frac{1}{3},…になるように変えていくと,この式の表わす大きさも,2ばい,3ばい,…,または,\frac{1}{2}\frac{1}{3},…というように変わる.
□イ.△に入れる数をきめておいて,……(アで,○を変数とした場合)
□ウ.○に入れる数と△に入れる数をとり変えても式の表わす大きさは変わらない.
□エ.○や△に,どんな数を入れても,○×△の表わす大きさは,○や△の表わす数よりも,いつも大きい.
□オ.○×△に,どんな数を入れても,答は一つの数で求められる.

  • Greer (1992).

For example, consider the following contrasting pair:
A rocket travels at a speed of 16 miles per second. How far does it travel in 0.85 seconds?
A rocket travels at a speed of 0.85 miles per second. How far does it travel in 16 seconds?
From a purely computational point of view both problems involve the multiplication of 16 and 0.85, but the former is more difficult to envisage as requiring multiplication for solution; many children, indeed, judge that the answer would be given by 16÷0.85 (Greer, 1988).
Results from several experiments using problems from a variety of situation classes consistently show the multiplier effect (De Corte, Verschaffel, & Van Coillie, 1998, p. 203), namely that the difficulty of recognizing multiplication as the appropriate operation for the solution of a problem depends on whether the multiplier is an integer, a decimal greater than 1, or a decimal less than 1 (Bell et al., 1984; De Corte et al., 1988; Fischbein et al., 1985; Luke, 1988; Mangan, 1986). The size of the effect, in terms of the difference in percentage of correct choices, is of the order of 10-15% for the difference between integer and decimal greater than 1 as multiplier. For the difference between integer and decimal less than 1, the size of the effect is of the order of 40%-50%. When the multiplier is less than 1, there is the added difficulty that the result is smaller than the multiplicand, which is incompatible with the repeated addition model. By contrast, the findings from these experiments show that it makes no appreciable difference what type of number appears as the multiplicand. Thus, these results for the interpretation of word problems modeled by multiplication show a clear pattern that is consistent with the theory advanced by Fischbein et al.
(私訳:例えば,次の対照的なペアを考えよう.
あるロケットは1秒間に16マイルのスピードで進む.0.85秒ではどれだけ進むか?
あるロケットは1秒間に0.85マイルのスピードで進む.16秒ではどれだけ進むか?
純粋に,計算の観点では,どちらの問題も,16と0.85をかければ答えとなる.しかし前者のほうが,答えとして乗法を使用すると考えるのが難しい.実際,多くの子どもたちが,16÷0.85を解答として選択している.
様々な分類の(乗法の)場面に基づいた出題で,実験がなされ,いずれも乗数効果,すなわち,ある問題を解く際に適切な演算として乗法を認識・選択することの困難さが,乗数が「整数」「1より大きい小数」「1より小さい小数」のうちどれであるかに依ること,を示している.効果の大きさを,正答率の差で表すことにすると,乗数が「整数」と「1より大きい小数」の間では10-15%である.乗数が「整数」と「1より小さい小数」の間では,効果の大きさは40-50%になる.乗数が「1より小さい小数」のとき,積が被乗数よりも小さくなる(累加モデルには見られない)ため,難しさがアップしている.その一方で,これらの実験の知見として,被乗数が「整数」「1より大きい小数」「1より小さい小数」のいずれであるかは,感知できるほどの違いを見せていない.乗法の文章題の解釈に関する,この結果は,Fischbeinらが提案した理論に合致し,明確なパターンを示している.)
(p.286)

問題4
7×2.4の式で求められる問題を1つ作りましょう.ただし,(略)面積を求める問題はのぞきます.

  • 小原 (2007)

課題3 次の①から⑤のうち,正しいと思う番号に○をつけなさい。
かけられる数×かける数=こたえ
① かけ算のこたえは,かける数がかけられる数より大きいとき,かけられる数よりも大きくなる。
② かけ算のこたえは,かけられる数がかける数より大きいとき,かけられる数よりも大きくなる。
③ かけ算のこたえは,いつでも,かけられる数よりも大きくなる。
④ かけ算のこたえは,かける数が1より大きいとき,かけられる数よりも大きくなる。
⑤ かけ算のこたえは,かけられる数が1より大きいとき,かけられる数よりも大きくなる。

文章題b
おかしのはこが 3つあります
1つのはこには、おかしが 5こずつ はいっています
みんなで なんこに なりますか

7. 「論争」のあと

冒頭に引用した,「掛け算の順序」の批判記事には,2010年11月のご自身の記事がリンクされています.
その間にも,かけ算の意味理解を言及した書籍がいくつか出ています.教師向けの授業案には,前掲の『365日の算数学習指導案 1・2年編』『新版 小学校算数 板書で見る全単元・全時間の授業のすべて 2年下』があります.授業ではなく教師や,学生(教師の卵)向けの本として,

小学校指導法 算数 (教科指導法シリーズ)

小学校指導法 算数 (教科指導法シリーズ)

が出ています.

乗法の場面、「1ふくろにミカンが3こずつ入っています。5ふくろでは、ミカンは何こでしょう。」は、3×5と立式される。立式は、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」とまとめられ、それぞれ被乗数、乗数という。ところで、「オリンピックの400メートルリレー」や「このDVDは16倍速で記録できる」、「xのk倍は」の式は、どのように表わされるであろうか。それぞれ、一般的には「4×100mリレー」、「16×」、「kx」と表される。被乗数と乗数の位置が教科書の書き方と逆になっていることに気付くであろう。この例から分かるように、乗法では、数の位置ではなく、数が意味する内容に注目して、どの数が1つ分の数であるか、いくつ分はどの数かをしっかりと読み取ることが大切である。第2学年や第3学年では、読み取った数を、「1つ分の数×いくつ分=全体の数」と表現できることが重要であり、逆に、この立式ができているかで、数の読み取りができているかを判断できる。しかし、高学年になり、乗法では交換法則が成り立つことや外国での立式を知り、数の意味をしっかり理解できていれば、必ずしも第2学年で学んだ順序で立式することを強制しなくてもよい
(pp.91-92)

「強制しなくてもよい」に注目されたでしょうか,それとも「この立式ができているかで、数の読み取りができているかを判断できる」のところでしょうか.

「判断できる」根拠は,数十年にわたる,授業やテスト,教員間の対話を通じた,子どもたちの観察の蓄積にあると,推測できます.もちろん,推測です.本を読み,Web上で議論する「外の者」---私自身を含む---では,じゅうぶんに体感できないようにも思えます.

なお,読者向けの出題として,次のように書かれています.

2. 「子どもが7人います。1人に4個ずつアメをくばります。アメはみんなで何こいりますか」という問題に対して、7×4=28答え28こ、と解答した小学校2年生の子がいました。この解答をどのように解釈して、どのような対応をしたらよいか、乗法の意味と関連させてまとめてみましょう。
(p.96)

「その間」よりは,時間はほんの少し前になりますが,かけ算の導入に関する,同一著者の和英の文章も,読んでおく価値があるように思います.

  • 布川和彦: かけ算の導入 : 数の多面的な見方、定義、英語との相違, 日本数学教育学会誌, No.92, Vol.11, pp.50-51 (2010).

2年生の導入時では,被乗数と乗数を明確に区別して扱っているが,これもかけ算の意味の理解を確かにするためと考えられる.図1のみかん全部の個数を4×6=24と表すときに,被乗数4が一つ分の大きさ,乗数6が幾つ分を表していることを大切に扱う必要がある.ただしこの意味は世界共通でなく,例えば英語ではこれを6×4=24とするので,被乗数,乗数の意味は逆になる.なお昭和44年の「小学校指導書算数編」では,基準にする大きさのいくつ文かにあたる大きさを「表わす」ことに触れているが,表現という側面からは被乗数と乗数の意味が特に重要となる.またかけ算の学習は,例えば2の段では被乗数が2の場合に乗数を1から9まで系統的に変化させ(図2),8×2などはここで扱わないが,これもかけ算の意味を大切にしていることの一つの現れであろう.
(p.50)

  • Nunokawa, K.: Multiplication: introduction, 日本数学教育学会誌, No.92, Vol.11, pp.122-123 (2010).

Students are required to clearly distinguish between multiplicands and multipliers at this stage because this distinction helps them understand the meaning of multiplication. Teachers pay attention to whether their students understand that multiplicands express sizes of units and multipliers express numbers of groups. These meanings are reversed from the viewpoint of some educators elsewhere in the world. The amount of oranges in Figure 1 is expressed as 4×6=24 in Japan. The expression 6×4 is not usually allowed at the introductory stage. Learning starts with multiplications in the form of 2×□ and 5×□. While the multiplier varies from 1 to 9 (Figure 2), 2×□ and □×2 are not learned at the same time.
(p.122)

教科書には,「文章題を読んで式を立てる」にとどまらない,工夫が見られます.まずは,東京書籍 平成23年度版 小学校教科書 新しい算数の3年上,算数デジタルカタログ見本のp.16にある出題です.

1本136円で,280mL入りのジュースを4本買います。
代金はいくらですか。

数を見れば分かるように,九九(2年)の範囲を超えています.このような,条件過多のシチュエーションでも,かけ算で求められると判断し,かけられる数・かける数を見つけるには,どのように学んでいけばいいでしょうか.かけ算を,(被乗数と乗数の区別をしない)2つの因数の積によって理解した場合,どうでしょうか.
もう一つは,2年の出題にしましょう.大日本図書 教科書 平成23年度版 たのしい算数 2年下で,Webではhttp://www.dainippon-tosho.co.jp/h23/sansu/sansulink/sa11/default1.htmlの右ページです.

つぎの 2人の つくった もんだいは,2×6と 6×2の どちらの しきで もとめれば いいでしょう。

2つの ふでばこに えんぴつが 6本ずつ 入って います。
えんぴつは 何本 あるでしょう。
(つばさ)

えんぴつを 1人に 2本ずつ,6人に くばります。
えんぴつは 何本 いるでしょう。
(あおい)

こういう問題でも,どっちも2×6であり,どっちも6×2だと主張するなら…「おわりに」を読まずにここでさようならするほうが,お互いいいんじゃないかな!?

8. おわりに

ここまでの内容に加え,Webで見てきたことを,手短にまとめると,次のようになります.

  • 小学校の「かけ算」の指導を検討する際,「順序」は適切なキーワードでない.
  • 「掛け算の順序」を持ち出した,現在の学校教育への批判は,歴史的また国際的な算数・数学教育の動向を踏まえていない.

やっぱり補足が必要でしょうか.前者は,「順序」ではなく「被乗数(かけられる数)と乗数(かける数)の区別」です.その先には,「乗法(かけ算)の意味の理解」や「演算決定」,「数と計算」があります.
区別される文脈も,しない文脈もあります.情報過多の状況や,かけ算の式にしてみたけれど何かおかしい,と気づけるような状況もあるでしょう.そんな中,子どもたちがどのようにして「できた!」「わかった!」としていけばいいのでしょうか.そしてそれは,学校の先生に委ねるのでいいのでしょうか.
後者は,PseuDoctorさんの2つの記事をざっと見たところ,論拠は「頭の中」と「Webの情報」であり,信頼の置ける研究(そして現場教育の)成果に基づく,かけ算の指導や算数教育の「書籍」「論文」はないのだな,といった感想を持っています.
私のことあなたのことはともかくとして,近い将来はどうなるかを,考えてみます.具体的には,次の学習指導要領改訂にあたり,「かけ算の順序」がなくなるだろうかです.現状では,「小数×整数」が第4学年,「整数または小数×小数」が第5学年にあり,それぞれの式にする場面が(学習指導要領解説を見ても)異なっているので,あるなしで言えば「順序はある」となります.
かけ算の順序をなくすには,順序がある指導法が適切でなく,順序を持たせない指導法のほうがより良いことを,改訂に関わる人---PseuDoctorさんも私も,そしてWebで注視している大部分の人も該当しません---が承知する形にしておく必要があります.現状,見当たりませんし,Webの情報(関係者への影響は弱いかもしれませんが)や,日本数学教育学会誌の論文,また「算数授業研究」ほか算数を専門とする教育者・実践家の書かれる定期刊行物を見ても,そのような動きが一切,見出せないのです.
その一方で,順序を持たせない指導法についての課題として,フランスの事例,中国の事例が挙がります.専門家でなくても,ちょっと好奇心を持ち,アンテナを立てていると,これらの記述を発見できたわけです.
ところで,中国の件,PseuDoctorの科学とニセ科学、それと趣味: 掛け算の順序論争についてのコメントで感想を書かれているのですが,ご自身がというよりも,これからの算数教育に関わる人が,文章をどのように読み,「使う」だろうかといったことについて,思い巡らすというわけにはいかないものでしょうか.

A. 算数を離れて

ここまで書いたら「日本の算数はガラパゴスだ.世の中は…」という批判もあるかと思いますので,今年の私の活動を書いておきますね.世の中で,「×」をどのように使っているか,事例集めをしています.
本(算数関連を除いて)の中,外出先,テレビ番組のワンシーン,レシート,いろいろなところで見つけたものを,「×」から学ぶことにて報告しています.もちろん基本は日本国内ですが,8月に海外へ行ったときにも,いくらかデジカメに収めました.
とくに関心を持っているのが,物品の数量を表す際に,「一つ分の大きさ×いくつ分」の式がどのくらい採用されているかです(国内で).これは逆に「いくつ分×一つ分の大きさ」で表される事例がどのくらいあるか,を調べるほうが良いようにも思います.例は,あるにはあります.ですが意識するようになってから,目にしたほとんどが,「一つ分の大きさ×いくつ分」です.どちらにも単位が付いており(いくつ分には単位のないことも),明記されていない積は,「一つ分の大きさ」と同じ単位になります.

B. 小学校の先生は

「小学校の先生は,どんなことを考えて,教育に携わり,子どもたちと関わっているのか?」という疑問を持った方へ,そのヒントとなるような本や論文を,挙げておきます.

日本の算数・数学教育に学べ―米国が注目するjugyou kenkyuu

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  • 作者: ジェームズ・W.スティグラー,ジェームズヒーバート,James W. Stigler,James Hiebert,湊三郎
  • 出版社/メーカー: 教育出版
  • 発売日: 2002/11
  • メディア: 単行本
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算数教育における数学的理解の過程モデルの研究

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「小学算術」の研究

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Q&A

(追記2)Q&Aについては,以下もご覧ください.

Q: 長すぎません?
A: まあ,そうですね.とはいえ本日の内容は,「かけ算」を含む算数・数学教育の議論(で読める情報)のうち,ほんの一部でしかありません.
Q: 結局,「かけ算の順序」はニセ科学なの? そうでないの?
A: 小学校の,かけ算に関する出題や授業に対して,「順序」という語を持ち出して疑義を唱えるのが,ニセ科学の始まりであり,算数・数学教育への挑戦だと思っています.
Q: じゃあ「かけ算の順序」のかわりに何と言えばいいの?
A: 「乗法の意味」をお勧めします.学習者(子どもたち)と結びつけるなら「乗法(かけ算)の意味理解」,教育としては「乗法意味指導」などとなります.「意味」を書かないと九九や筆算が含まれること,また乗法の意味づけは主要なものでも何種類かあることには,注意をしないといけませんが.
Q: 自分の,過去のエントリにはリンクしないのですか?
A: サブアカウントの日記を除いて,あえてしていません.
Q: これが,あなたの読んだ本や論文のすべてですか?
A: いえ,重要だと思うし,当ブログで何度も取り上げてきたけれど,ここで挙げていない本もいくつかあります.
Q: 正しく理解するためには,ここに挙げた本や論文を読め,ということですか?
A: いえ,読むのは,関心のある人だけでいいと思います.引用のほか,著者名・書名・刊行年を見て,「これを読んでみよう」と行動されましたら,それに勝る喜びはありません.その一方でやはり,「かけ算」に関連する,算数・数学教育の経緯だとか,直近のことを踏まえていない状態で,将来のことを語ってみても,説得力を与えられないとも思っています.
Q: 納得いかないのですが,あなたと私とでは,何が違うんですか?
A: 「世の中のかけ算」と「学校教育のかけ算」が違っているのに気づいたとき,その違いがどこにあるのかを探求するのが私,学校教育を世の中に合わせろと主張するのがあなた,といったところでしょうか.

Q: 交換法則を認めないのですか?
A: YESかNOかで言うと,一般にはNOです.交換法則の利用できる状況も,できない状況もあります.その線引きが,あなたと,私と,学校教育に携わる人とで違うのだとも思っています.
Q: 私はこんな教育を受けさせたくないのですが.
A: かけ算の順序ではないのですが,式に単位をつけるよう,銀林が自分の子2人に指導した話が,『いろいろな量 (子どもを賢くする?よくわかる算数の授業 )』p.7にあります.親として,我が子はこうあってほしいと願う権利がある一方で,学校や親の要求に対して自分なりに調整し,その都度「答えを出していく」のは子ども自身であるのが,よく分かるエピソードです.私はというと,長女の行動について「「5×3=15と書いても,3×5=15と書いても,よさそうだけど,バツにされないのは,3×5=15のほうよね」と,瞬間的に比較して,1個の答えをさらさらと書くのではないかと思ったりします」と予言しています.当たるかどうかわからない上に,関連書を読んでいくより前の思いつきだったのですが,この発想は現在,授業や研究,日常の問題解決にまで,良い方向で作用しています.
Q: あなたのライバルは?
A: ライバルではないと思いますが,ここで日記を書き続ける間,どちらからどのようなご来訪があったかというのは,大事にしています.読まれている姿を直接,目にすることはできませんので,アクセスログからの想像となりますが.
Q: 授業で,順序があるとかないとか,指導しなくてもいいけれど,子どもの答案はどちらでもいいのではないか?
A: それを「誤答」ではなく「非標準的解答」(http://hdl.handle.net/2433/140889)に位置づけようということでしょうか.非標準的解答を広く認めた場合,子どもがそれを使って答えを求め,その手法に起因しない単純ミスによる誤答だったとしても,先生は「そんなやり方だから間違う」と思われる可能性があります.誤りから学べないわけで,そのため賛成できません.
Q: かけ算の順序は,学習障害のある子どものことを考えていないのでは?
A: 『医学と教育との連携で生まれたグレーゾーンの子どもに対応した算数ワーク (初級編2)』には十分な配慮の上で「はこが 8つ あります。この中には チョコレートが 6こずつ はいって います。チョコレートは ぜんぶで なんこ あるでしょう。」などの文章題が収録されています.実際の教育の場では,「学びあい」や「算数的活動」が活用されている(していけばいい)のではないでしょうか.
Q: 式の順序を見て,かけ算の意味を理解しているかを判断しようというのは,筋が悪いのでは?
A: 「かけ算に関して,子どもたちに何を習得・理解してほしいか」と「そのためにどのような授業をし,問題に取り組ませればよいか」について共有(あるいは認識の相違点の確認)をしておかないと,「筋が悪い」と主張したところで学校教育には届かないように思います.

*1:後述のGreer (1992)で参考文献に入っていますし,『算数・数学科重要用語300の基礎知識』のp.187およびp.189でも,参考文献に入れ解説がなされています.